2010年10月4日月曜日

[error:0361] 若かった~あの頃~♪ 【長文】

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写真も一応撮ったけど、今日はあえてナシの方向で。


というか長い長いダベリ、しかもたぶん最悪にくだらない話なので、
まぁ、ちょっとでもアレでしたら「戻る」ボタン押しちゃってくださいな。


* * *


塾講バイトの面接、行って来ましたです。


採用されるのかどうかも授業何コマやれるのかもまだ判りませんが、

ついでに本来3週間後のはずの講師説明会までも、
ちょうど今夜あるとのことで、駆け込みで都内まで行ってきました。


久しぶりにスーツで電車乗ったせいなのか(働いてた頃さえ普段は私服)
所詮バイトのはずが初就職時以上に猛烈に緊張していたせいなのか、

自分でも驚くべきことに、目まいはするし息苦しいし手は震えてるし
まぁ、死ぬほど疲れましたですわ。


実際、いくら報酬をもらうプロだからとは言え
「そこまでこなせるほどの人間が ”バイト” と言えるのか?」ってほど
要求には高いものがあるようですが、

ここはひとつ「自分の半分の年齢の大学生でも務まっているんだ」とでも
ムリヤリ思い込むことにしておくしかないかも知れません。


ともかくここまで来てしまった以上、(生徒側の区切りである)年度末までは
ダメモトで当たって砕けてみるしかないかと。

というか、これで実際どのぐらい稼げるものかをその時まで様子見して、
そこから先はまた決断の時が来るわけですけどね。


* * *


ともかく行ってみて判ったのは、そこでは授業内容そのものよりむしろ、
生徒をやる気にさせる方法の研究が重要だと言うこと。

黒板で集団授業するような進学予備校とか会社の新人教育と違って
「ついて来る気がないヤツは知らん」というワケにはいかず、
かつ大抵の子は元々意欲に乏しい、というお話ですな。


さて、そうなると微分積分の復習とかの話以上に
「自分にこの仕事は務まるのか?」という不安が出るのでして…

なぜなら私は小学時代のソロバン塾も中学の塾も高校浪人での塾も、
全部自分から行きたいと言い出したもので、かつそこが楽しかったから。

こういうヤツは、上のお話からすれば ”少数派” の人間なわけです。


* * *


たとえば中学の場合ですと…こんなお話もアレなんですが…、
私の成績は中学2年まで、350人ほどの学年で10~20位の間でした。

(正直、あまり風紀の良くない町の公立中学に過ぎないんですが…)


新学年が始まって教科書をもらう。
どんな事が書いてあるんだろう、と家に帰ってパラパラめくる。

そしてその日のうちに、要旨はほぼ全て把握できてしまいました。
その後1年、学校の授業は(当時の私にとって)退屈でした。


ただ、教科書読破後はまるで勉強しない(必要を感じない)もんだから、
20位より落ちない代わりに10位より上へも行きませんでした。

まぁ、教科書の内容がだいたい理解できたならそれで良いんだろうと。


さて、私もしばらく知らなかったのですが、確率的には当然なことに、
クラスの女子で、だいたい学年3位だか5位だかぐらいの子がいました。

特にガリ勉的な子ではなく、可愛いし(こちらはドンくさい)、
吹奏楽部で楽器もできるし(こちらは音痴)、
女子にしては体力もあるようでした(こちらは運動も苦手)。

私が近づくと割と本気で逃げてたのはなぜなのか、
今はもう人妻であるその子に、訊こうと思えば訊けもしますが、
たぶん答えてはくれないでしょう。


ところが2学期の期末テスト直前ぐらいだったか、
本当に何を思ったか通学途中に自分から話しかけて来て…、


「もうちょっと頑張ってよね、張り合い無いから!」


* * *


本当に純粋に励ましのつもりだったのかも知れませんし、

ひょっとしたら「このボタン、押したらどうなるのかな?」的な
”出来心” でしかなかったのかも知れません。

ともかくそのボタンは、何だかんだ言って単細胞な中学2年男子の
”逆鱗” につながっていました。


だって、 ”アンタは私に何ひとつ比肩できない” と聞こえたのだから。


* * *


劣等感に苛まれていたヒトラーとかナチスドイツにとっては、
ただドイツ人であるだけで ”価値” であってくれなければ困った。

だから、根拠も無いのに血眼で「ドイツ人=優等民族」と叫んだ。
彼らにはそれしかなかったから。

そんな話に近いのかも知れません。


そうして、その子が進学塾に通っているらしいと判ったから、
自分も同じ土俵に上がりに行ったのです。

クラス数がそんなに多くなかった事もあり、
幸いにも同じ、一番上のクラスに編入してもらえました。

(さぞ怖かったでしょう。通報すべきかと悩んだかも知れません。)


ところがそこは毎日が毎日、眼からウロコでした。

学校でやってない範囲、などという単純な違いではなかったのです。

こういう問題は当然こうだ、と考えていた解き方に対して、
先生は実に理路整然と、それはこういう理由で間違いだと説く。

初めて見る他校の子たちは、たぶん ”良くある定石” なのでしょうが、
自分が地獄のような計算を力づくでガリガリ試みているものを、
魔法のような鮮やかな手口で一刀両断にしてしまいます。

こりゃ、勝てないの当然だ。


そして、そうなればおのずから湧き上がる気持ち。

…「俺はここでは落ちこぼれるのか?」


* * *


ただただ怖かった私は、宿題とか何とか一切関係なしに、
寝る間も惜しんで入塾前のテキスト範囲を総ざらいしました。

「こことここは学校でやってないから、どういう話か教えてくれ」と、
しばしば先生を捕まえて質問責めにするのです。

あれほどしつこい生徒はたぶん他にいなかったと思いますが、
先生は嫌がるどころか、むしろうれしそうでした。


自分は何か ”殊勝なこと” をやっていると認められているらしいし、
何より、日々明らかに視界が広がって行くのが実感できる。

単に ”このテの問題の解き方” というのではなく、頭の中そのものが。


* * *


入塾から1、2ヶ月かそこら。3学期の期末は、学年1位でした。

以後卒業まで、10回ほどの定期テスト全て、1位防衛。
もしかしたら何か、記録として残ってるかも知れませんね。


とにかく、あの頃は最高に楽しかった。
何しろ単細胞な中学生男子ですから。

学校の修学旅行最終日が授業日に当たっていて、
同じ塾の子がみんなバス降りて家に帰ろうとしているのに
自分だけ「走れば間に合う」って言って塾に向かったもんだから、
みんな大慌てになっちゃったりw。


”顔も見た事なかった子たち” も順位表の数字としての ”敵” ではなく、
目的も悩みも同じ、話せば必ず解る ”戦友” たちだという感覚でして、

学校の教室は受験が近づくにつれ緊迫感が増した気がするのに、
塾内はむしろ逆に仲が良くなっていったぐらいです。


…あの子から「さすが私の見込んだヤツ!張り合いをくれてありがとう」
などと言われる事は、決してありませんでしたが…


* * *


そう、当時はとても楽しかった。
余計な事に気が付いてしまうほど、視野の広い子ではなかった。


本当は、勉強とは「知らない事を理解する事」なのであって、
何か勝負のためのものではないのだし、

本当は、今の私はその勉強というもの、しかも他人のそれを
”飯のタネ” にする事に、微妙な後ろめたさを感じないでもないのです。

だいたい本当に頭の良い子なら、テストの点数とか順位などという、
配点次第でどうにでもなる大雑把な ”統計数値” に
振り回されるはずもないですよね。


だからあれがピークになってしまった。

そうして愚かな子は、大学まで受験が終わってしまったあと、
何をしてよいか判らなくなるのです。


* * *


しかし結果論として、
あのとき塾で受けてきたカルチャーショック自体だけは、
後悔する必要がない事のように思えます。


せめてあのショックを(その危険性も含めて)
他人に伝えてあげられれば幸甚なのですが、

どのような伝え方をすべきなのかは、
相手により全く違ってくる、難しいものであるようなのです。


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