古代超文明の遺跡から得られた“アルティマ(AL)”テクノロジーは、ガーディアンと総称される各種ロボット兵器を生み出した。またはそれと酷似したものが直接、発掘される場合もあった。それこそは、人類が同じ過ちを繰り返している証拠であった。
大規模宇宙移民によっても捌き切れぬ人口爆発が様々な軋轢に繋がっていた人類は、迷わずガーディアンの強大なパワーを戦場に投入した。各種ガーディアンの操縦にはリンケージと呼ばれる先天才能者が望まれ、それは高コストなガーディアンの製造数以上に希少なものであったが、それにもかかわらず人類の内紛は全世界に広まり、激化した。
“守護者”の名に相応しからぬ破壊兵器の力にさえ飽き足りなくなった人類は、闇の異次元エネルギー“アビス”にまで手を出すに至った。地軸は傾き、大陸は歪み、果ては時空を捻じ曲げて、知られざる古代レムリア王国を丸ごと現代に召喚する結果さえ招いた。
最終的に、いよいよ存亡の危機に直面した人類は、停戦およびアビス禁止の協定を結んだ。だが経済的に困窮し追い詰められたラーフ帝国などは言行不一致の姿勢を示しており、各地でリンケージ傭兵らによる代理戦争がなおも続いていた。幼少からリンケージの才能を認められた者たちは大抵、ガーディアンに乗る事しか生きる術を教えられない“英才教育”を受けていたのだ。
【プロローグ】
情報には、間違いはなかった。
戦の熱風で焼けつき、ひび割れた大地の裂け目を、かすかな振動が伝わってくる。
振動の源はやがて干からびた渓谷のカーブを曲がり、過積載に耐えかねて裂け目の底に腹をこすりそうな、不格好な大型VTOL輸送機の列となった。その腹の中には連邦軍の後背を衝かんとする、大小百を超すガーディアンを含めた、ラーフ帝国側の迂回侵攻部隊が満載されているはずだった。展開されてしまえば通常兵力の数個師団ぐらいでは太刀打ちできないだろうが、今なら奴らは怪鳥の腹の中だ。
怪鳥の群れに向けて、迷彩シートで隠されていた高射砲が砲身をもたげ始める。周囲の塹壕に潜んだ二十機ほどの、型式も塗装も不揃いなガーディアンどもは、冷徹なクリック音とともに機銃やバズーカの安全装置を解除した。
「山賊みてぇだな」
「似たようなモンだろ。あれが全部墜とせりゃ、酒のプールで泳げるぐらいの出来高になるぜ」
「おいおい、墜とせなきゃ逆に帰る基地が血の海に沈むかも知れねぇが、だからって退き際は誤るなよ・・・最初から飛んでる護衛ガーディアンも何機か居るみてぇだぜ。あいつらに手こずったら、中の奴らが出てきちまう」
「へっ、そのためにグリムの野郎たちが崖の上に居るんじゃねぇか。十字砲火で一気にカタがつくぜ」
待ち伏せする山賊、いや連邦側傭兵たちの舌舐めずりが、通信機を行き交った。だが、場違いに甲高い一喝が彼らを制した。
「あんたら、おしゃべりはいいカゲンにしなっ!くるよっ!」
操縦コンソールに埋もれそうなほど小さい、レムリア人の少女だった。
生身ならどう見ても傭兵には見えないが、戦乱で人口の激減した時代にあってリンケージの適格者は、ろくに文字も書けるかどうかの歳から訓練され、戦場に放り込まれる事も珍しくない。その少女、アリシアはレムリア騎士の家柄であったが、訓練課程が終わるころには実家まで焼き尽くされており、否応なく国際傭兵以外の道は断たれていた。実家から受け継いだ遺産といえば、ともすればむしろ危険な、気位の高さぐらいしかなかった。
「射程に入るぜ」
「まだだ!まだセントウのヤツだけだ。もっとひきつけろ」
アリシアは左前方の、地溝の頂上に眼をやった。ここからは確認できないが、そこには冷静なグリムチェーキ率いる別働隊が擬装して伏せているはずだ。仲間の言う通り、待ち伏せ十字砲火が今回の作戦であり、戦端はアリシアらの側が開くことになっていた。
待ち伏せを悟られぬため、レーダーは使用禁止し、通信も至近距離バンドだけに制限していた。だがアリシア機のレムリア製高性能ソナーは、音源の三次元座標を数インチの誤差で捉える。画面を光点が流れて行った。二つ、三つ、四つ・・・。
敵隊列の半分が、射程距離を示す円弧を越えた。
残りも、今からではUターンしても間に合うまい。そして、先頭機からはいい加減に目視されるであろう限界だった。
「よし。やれ!」
高射砲と傭兵ガーディアンらは、一斉に砲撃を開始した。
「おいアリシア!おかしいんじゃねぇのか!?グリムはどうした!?」
「敵は全部こっちに来ている。別働隊からは一発もウァァー!」
「ポール!?おいポール!返事をしろ!」
傭兵機のひとつが直撃を浴びた。すでに傭兵隊は半分になり、高射砲は砲身が裂けていた。
だがグリムチェーキの別働隊は、動いている様子が全くない。
敵輸送機も何機かが墜落していたが、残りはすでに態勢を立て直し、着陸して戦闘部隊を吐き出し始めていた。損傷のみで済んだ輸送機は、優先的に後方へ退避していた。傭兵隊の火力が計算より不足しており、標的を仕留め切れていないのだ。
(ベツドウタイになにかあったのか?だが、フイウチでゼンメツしたのでもないかぎり、サクセンチュウシのキンキュウツウシンをよこすはず・・・)
アリシアは撃ちながら思い悩んだが、状況の深刻さを思い出し、我に返った。
「もうだめだ!みんなテッタイだ!」
狭い谷底であることが裏目に出た。逃げ道は後ろしかない。
そして遅すぎた。
横向きに着陸した敵輸送機のひとつが、載せたままの多弾頭ロケット車両を格納庫内から覗かせた。そいつはむろん、乱戦状態にある敵味方をまとめてロケット弾で吹き飛ばすような愚は犯さず、傭兵たちの頭上を飛び越して、一マイルほど先に大量の散布地雷を投射した。
歴戦の傭兵たちには、空中にバラまかれるそれが何であるのか、すぐに判った。磁気感応式の対装甲地雷は、踏まなくとも付近を通過しただけで炸裂する。そしてそこで撃破を免れても、逃げ足が緩むだけで充分な死刑宣告だった。
敵指揮官は、わずかな傭兵集団相手に敬意を払い過ぎているらしい。逃げ場のなくなった傭兵たちは徹底的に粉砕され、踏み潰され、焼き尽くされた。
ねじ曲がったコクピット内で、ひしゃげた操縦コンソールに噛み殺されたはずだと自分でも思ったアリシアに、敵掃討部隊が気付かず去って行ったのも、無理はなかった。日頃、ペダルやスイッチに手足が届きにくいのを恨んでいたアリシアであったが、今回ばかりは体格の小ささが幸いした。
味方機は、周辺ですべて撃破を確認できた。どうにか生きて這い出したらしい者が、機体のそばで射殺されていた場合もあった。何度数え直しても、自分以外は全員死んでいた。
ただ、グリムチェーキ別働隊だけは、崖上に間違いなく野営した形跡はあったにも関わらず、機体も人員も、どこにも見当たらなかった。
自分だけが生き残ったのは、何のためか?答えはひとつしかなかった。
前金を抱えて逃げた、いや寝返った傭兵の面汚しに、全員を代表して鉄槌を下すためだ。
動かぬ身体を引きずって味方機の非常食をかき集め、雨も降らぬ荒野で連邦軍斥候部隊に拾われるまで二週間ほども生きていられたのは、まさしく仲間たちの遺志のように思えた。グリムチェーキの足どりを掴むまでには、さらに一年以上を要した。
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