2013年9月2日月曜日

[error:0651] TRPGノベライズ/メタリックガーディアン「砂漠を駆ける疾風」(第三章)

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【第三章 決闘】

荒涼とした死の世界には変わりがないが、わずか千フィートほどでも標高が上がると次第に砂は減り、焼けた岩石の世界へ移行した。地層の柔らかい部分だけが風で浸食されたキノコ状の岩塔の森が、夕陽に真横から照らされ、二色まだら模様の非現実的な映像を生んでいた。砂漠の乾ききった空気のため、それらの影はどこまでも遠方まで薄れずに伸びていた。

「なるほど。何日もマシンを隠すには向いた立地やも知れぬな」
「正面、見えて来ました・・・あの壁が外輪山です」
「西から接近しよう。もうじき沈むが、一応、太陽を背にしたい」

だが彼らが外輪山に達した時には夕陽は沈み、砂漠の気温は急速に下がり始めた。

ティボ・クレーターは直径一マイル、深さ五百フィートほどであった。五機のガーディアンは急峻な外輪山をよじ登ったが、頂上に達する直前で停止し、操縦者たちは生身で様子を窺いに出た。

クレーターの中心付近に、長大な二門のカノン砲が目立つ大型のディザスターが一機、カバリエが四機。

さらに、向かって右に三百ヤードほど離れた位置にミーレスが一機と、三十フィートほどの鉄骨が地面に突き立っている。

ペインが持っていた双眼鏡を、五人で回し視た。

「道理でレースに出せんはずネ。どれもこれも、見るからにラーフ製マシンのパーツまで流用して、かなり改造してあるネ」
「おそらくアビスエンジン・・・も積んでおるであろうな。強力だが搭乗者はいずれ、文字通りに気が触れる代物だ」
「あのディザスターがグリムチェーキだよ!ハンブンイジョウ、あいつのマシンじゃなくなってるけどさ」
「あんな大砲があって、なぜ開けた平原で遠距離砲戦をやらず、こんなクレーターで戦いたがる?腑に落ちないな」

「あの鉄骨!上の方に姫が縛り付けられてます!」ディオネードは思わず叫んで立ち上がった。「姫!今お助けにあがります!」

「判っている。落ち着け!」ペインは一喝した。「作戦を立ててからだ。・・・配置から見るに、やはり連中は姫をそう重視してはいない。我々を誘い出せさえすれば、役目は終わったようなものだ」

「姫の周りはおそらく地雷か何か、罠が敷かれているであろうな。よし、あそこはまず吾輩が飛び込んでみよう」
「だめです、トロフィーは騎士殿、あなたがお持ちです。あなたこそ、一番守られるべきです。僕に任せて下さい」
「フッ、敵主力に向かう方が危険なはずだ。さらに、吾輩の機は唯一、飛行が可能である。何か食らったとしても、宙に浮いておるなら比較的被害は抑えられるであろう。だがそれで行動不能になった際にも備え、ディオネード君には援護を頼みたい」
「・・・・・・」
「最悪の場合、トロフィーは機ごと自爆してでも処分する。フォーチュンのレムリア騎士を信頼してくれたまえ」
「よし、判った。なら主力の方は、俺が先頭で突っ込んで砲撃の囮になる。俺のマシンは小回りは利くが、攻撃が奴らに通用するかはどうせ怪しい。超雄星は、たぶん壁役のはずのカバリエ四機を、どうにか押さえてくれ。その隙にデカブツを叩くのはアリシア、お前の役目だ」
「任せるアルネ。去年二十機の無差別級バトルロイヤルをやったのに比べたら、あんなザコの四機ぐらい屁でもないネ」
「カンシャするよ、あたしにハナをもたせてくれて。これだけのためにイきてきたんだ。サしちがえてでもやってやるさ!」

<そろそろ相談はまとまったかね?>

急にクレーターの底から、間延びしたスピーカー音が反響しながら襲ってきた。敵各機の銃砲身が一斉にこちらを向いた。

「アイヤ、バレてるアルヨ!」
「ディザスターの望遠スコープやセンサーは優秀だからな。覚悟はしていた」
「これが欲しいのだな?」カガ=リンが立ち上がり、観客なき擂り鉢コロシアムに向け、トロフィーを堂々と掲げた。

<結構、大変結構・・・んふふ>

スピーカーかクレーターの反響のせいかも知れなかったが、同時に複数の、微妙に波長の違う音が混ざってうなりが生じているような奇妙な声だった。

「やっぱり、ムカシよりもっとキモチわるいコエだよ!ハきケがする!」
「アビスだな。アビスの副作用にやられてる。奴はもう、半ば人外だ・・・」
「行きましょう」

五人は弾かれたようにコクピットに駆け戻った。

「半ば人外、か・・・あぁそう言えば、実はレムリア騎士とは申せども、吾輩は半分、地球人類ではないのだ。無事に帰ったならひとつ、昔話でも興ずるとしようか」
「ナニよキュウに・・・やめてよね。オオボラふきはヒトリでジュウブンだよ」
「え、それはもしやワタシアルカ?ワタシはいつだあーって表裏なきこと、関帝もかくのごとしアルヨ?」

彼らは手際良くエンジンに火を入れ直しながら、緊張を緩めるかのように言葉を交わした。電磁バルブの頼もしい作動音の一オクターブ上に、AL粒子エンジンの快調な歌声が重なる。

五機のガーディアンは次々に立ち上がった。

カガ=リン機は防御フィールドを下方に放った反発力で浮き上がり、ロケットブースターに点火して空中を疾駆した。あとの四機はすでに、外輪山内側の急斜面を半ば転落するように駆け下っていた。




「ふふふふ・・・早速かかったね」

グリムチェーキの顔は、何か生き物が這っているかのように盛り上がりながら痙攣していた。望遠スコープはすでにアリシアたちの居る辺りに狙いが定まっており、射撃管制コンピュータによる何十種の補正計算も一瞬で終わっていた。

「子猫ちゃあん、こんな砂漠で日焼けさせちゃって悪かったねぇ。もう、すぐにカタがつくからねぇ」

グリムチェーキは無造作にトリガーを引いた。

砲身長六十フィートに及ぶ両肩の八十口径九インチ砲が、砲弾同士の衝撃波で互いに軌道が狂うのを避けるため〇・一秒ほどの差を置いて、大地を揺るがした。艦砲サイズの巨砲の反動に逆らうため、グリムチェーキ機は自動的に最低ギアで急バックした。

ペインも指摘した通り、ロケット砲弾を使わなくとも射程二十マイルを軽く超すこの砲は、直径一マイルのクレーターでは無用の長物とも思われた。砲弾は一秒足らずで外輪山に命中し炸裂したが、カガ=リン機以外の四機は危うくも、すでに着弾地点を通過済みだった。

だが二発の砲弾は、外輪山の内壁を粉砕した。連鎖する巨岩の雪崩が、頭上から四機に襲いかかった。

先頭を走っていたペイン機だけはクレーターの底面に逃げ切れたが、あとの三機は瓦礫と砂嵐の中に呑み込まれた。赤茶けた濃密な煙が晴れる頃、頑強なディオネード機だけが、手ひどく傷つきつつも瓦礫を掻き分けてヨロヨロと這い出した。アリシア機と超雄星機は出て来なかった。

「ライトニングに攻撃を集中するのだァ!」

グリムチェーキは勝ち誇って命じた。四機のカバリエはすでにグリムチェーキ機の前方に展開しつつあったが、走りながらペイン機に向けて機銃を猛射した。




カガ=リン機は対空迎撃を避けるため螺旋軌道を描きつつ、姫の鉄骨に向けて滑空した。

鉄骨を守っているミーレスは機銃を構えてはいるものの、撃ってはこなかった。撃墜は困難と判断し格闘戦を決意したのか、ミーレスは機銃の銃剣モードを発動した。銃口の下に装備されていた高周波ブレードがきっぱりと前進し、高圧電流線のような不穏な唸り音を発した。

「良い心構えだ。ディスティニーとは申せ、敬服する」カガ=リン機は残り百ヤードに迫り、腰の長剣に手をかけつつ、姿勢を垂直に起こして減速を始めた。

その時、地面から無数のロケット弾が噴出した。狙いも何もなく、数を恃みにただ垂直に飛翔する。その櫛の歯に、カガ=リン機はなすすべなく捉えられた。カガ=リンもまさに予想していた事ではあったが、これほどの規模とは思わなかった。

「うおっ!」

カガ=リン機は何発かの直撃に射抜かれ、そのまま軟着地できずに下半身から地面に突っ込んだ。両脚が股関節から折れ、抜きかけていた長剣は空中をくるくると回転していった。地面に手を突いた際、両肘の関節からもパーツが幾つか弾け飛んだ。

「ひひひ!あちらも成功だねぇ・・・宙に浮いていたぶん、普通に走ってたよりはマシだったろうけどねェー、ありゃあもうダメだなァァァー!」

グリムチェーキの興奮は強まっていた。大きな眼鏡の下で、両眼球が不規則にグリグリと踊っていた。その時彼はノーマークであるディオネード機を狙い撃つべきだったはずだが、すでに勝利を確信したのか、それとも体の自由が利かなくなっていたのか。特注の大型機を支えるアビスエンジンの波動は、明らかに彼の心身を蝕んでいた。

無敵の魔剣は、強力であるがゆえに人を惹き寄せ憑依する、呪いの剣でもあったのだ。そしてそいつこそが真に、次元の封印を解放せんと願っている。

「コクピットは吹っ飛ばしちゃあダメだよォー!ゴプラームはそいつが持ってるハズだからねぇー!」グリムチェーキの口から泡が吹きこぼれた。「アビス!アビスの力をもっと!手にするのだァァァ!」

ミーレスの操縦者も歴戦の傭兵だ。専門外とはいえ、ファンタズムの内部構造も概ね把握している。まずは自爆を防ぐため、制御コンピュータかエンジンを止めるべきだった。いや、あの機体状態なら腹部コクピット部分を本体から切断してしまう方が確実か。

ミーレスは動きを止めたカガ=リン機に歩み寄り、慎重に、かつ躊躇なく、銃剣の狙いを鳩尾に定めた。交流電磁石によって毎秒数万往復の微小震動を与えられた超合金の切っ先は、ガーディアンの装甲といえども泥のように貫通するだろう。

ファティマは鉄骨の上から喚き散らしているが、誰の耳にも届くことはない。

ディオネード機は素人の競歩のように必死にドスドスと接近しつつあったが、とても間に合うはずがなかった。ディオネード機も銃火器は持っていない。

ディオネードは奥の手を使う決心をした。

失敗すれば自らの戦闘力も大きく損なわれるが、やむを得ない。ディオネード機の右腕が、いまだ五百ヤード以上も離れたミーレスに向けて振るわれた。同時に、肘から先がロケット噴射により分離した。

鉄拳はグングンと加速した。しかも一度狙われた目標に向けて、噴射を微調整しながら誘導された。ミーレスは命中直前まで、何が起きたのか判らなかった。直径七フィートに及ぶ超音速の鉄拳はミーレスの右腰を粉砕し、ミーレスは激しく回転しながら倒れた。超音速の衝撃波とミーレスが倒れた地震がファティマを揺さぶったが、怪我はなかった。

脇腹を下に横倒しになったミーレスの操縦者はコクピットから脱出したが、前方にはすでに、一足先に脱出したカガ=リンが短機関銃を抱えて仁王立ちしていた。

「無益な殺生は望まぬ。降伏されよ」

しかしミーレスの操縦者は拳銃を抜こうとした。ディスティニー構成員は捕まればどうせ処刑されるか、味方の口封じ部隊に狙われるだけだ。

中途半端に距離があったため、カガ=リンは安全の為に発砲せざるを得なかった。四、五発が命中して、そいつはもんどり打った。

<お待たせして申し訳ございません。大事ございませんでしたか>

追い付いたディオネード機は右腕を回収しつつ、ファティマの鉄骨をゆっくりと根元から折り曲げ、姫を地面に近づけた。ディオネード機が乱暴にひっこ抜けば、危険なほどのGがかかってしまう。最悪の場合、地下にまだ罠がないとも限らない。

「ディオネード君!あとは任せろ。ペイン君の支援に往くのだ」カガ=リンはファティマに駆け寄りながら叫んだ。

<判っています。よろしくお願いします>ディオネード機はくるりと振り向いた。




ペインはみごとな機動で、カバリエ部隊の猛射をことごとく潜り抜けていた。ただでさえ装甲を犠牲に機動力を追及したライトニングに対し、五倍の身長があるカバリエが狙い辛いのは確かであったが、その代わり一発でも当たれば、即座に挽肉になるだろう。

「ペイン!聞こえるアルカ!」通信機から頼もしいダミ声がした。

「生きていたか」
「二人とも大丈夫アル。マシンもまだまだいけるアル。うまい具合に、ディオネードのお化け豆腐が後ろにいてくれたからネ。ペイン、連中をなるたけこっちに誘いこめるアルカ?」
「やってみよう」

ペインはわざと機体を横転させかけて急激な横滑りをかけた。一瞬前まで居たところを機関砲弾のシャワーが通過する。

ペイン機はカバリエ部隊ではなく、彼らの隙間から、あえて遠方のグリムチェーキ機を狙い撃った。二・五インチショットガン程度では効果がないのは承知の上だが、グリムチェーキの盾であるカバリエ部隊は、一層躍起になってペイン機を追い回した。

ペイン機は縦横に駆け回りながらも、じわじわと崩落地点に向けて後退していった。

「よしペイン、横にどくアル!」

掘削ドリルの作動音が急に全開して、瓦礫の山から超雄星機が突き抜けてきた。

「エネルギーを大食らいする秘奥技ネ!受けてみるヨロシ、彗星ランサー!」

彼らしいネーミングセンスだったが、威力はあった。超雄星機は竜巻のように高速旋回しながら全身のドリルを総動員し、不用意に接近していたカバリエ部隊に壮絶な斬り込みをかけた。体当たりが敵機を弾き飛ばし、距離を取ろうとすれば伸縮可能なドリルアームが不意を突く。回転する円錐形のボディに撃ち込まれた弾は、ほとんどが滑って反射した。

ペイン機は乱戦の横をすり抜けてグリムチェーキ機に突進し、超雄星機の穴から這い出てきたアリシア機も続いた。

アリシア機唯一の武器である槍は瓦礫に埋もれてしまっていたが、それでも拳でグリムチェーキ機のコクピットを粉砕してしまえばカタが付く。

ところが弾き飛ばされたカガ=リン機の長剣が、アリシアの前方で地面に突き立っていた。

「ありがたい。かりるよ!」

アリシア機は、疾駆しながら長剣を引き抜いた。




<えぇい・・・使えぬ奴らだァァァ・・・!まとめて死ねィ・・・!>

ついさっきまで全滅寸前だったはずのチームナンバー十三が、なぜか三機も突っ込んでくる。カバリエ部隊は超雄星に翻弄されている。そしてディザスターは接近戦が苦手だ。

もはや一刻の猶予もないと決断したグリムチェーキは、後退しながら多弾頭ロケットを見境なしに乱射した。

グリムチェーキ機の前方に扇形に飛んだ十二発の大型ロケット弾が、空中で分裂する。数十倍の数のナパーム弾が容赦なく降り注ぎ、赤黒い爆炎がそこら中でめくれ上がった。

運悪く多数の弾が集中した超雄星機とカバリエ部隊は、たちまち業火の中に放り込まれた。ディオネード機は至近弾を受けて転倒した。ペイン機とアリシア機は、危うく被害範囲から逃れた。

「超雄星!聞こえるか、返事をしろ」ペインは呼びかけた。「生きていたら酸素マスクを付けろ!ナパームだ、窒息するぞ」

しかしペイン機にも、今度はグリムチェーキ機から大型機関砲の掃射が来た。ペインは慌てて距離を離しつつ、回避に専念せざるを得なかった。

代わりにその隙を突いて、アリシア機が側面から突入した。

「グリムチェーキ!こんどこそカクゴしろッ!」

アリシア機は半ば体当たりざま、空中で振りかぶった長剣をグリムチェーキ機の半人型砲塔に叩きつけた。レムリアの魂とも言える十三フィートの特殊合金の刃は、両断せずともコクピットを叩き潰すのに充分だ。

灰色の爆風が四散した。派手な爆発が起こった。アリシア機は身長の数倍も吹き飛ばされ、あちこちの装甲や構造材が砕け散った。

「ああっ、相打ち!?」
「違う・・・!爆発するにしても早過ぎる。リアクティブアーマーだ!」

濃密な煙の中から、いびつに変形してはいるが姿勢を保ったグリムチェーキ機が再び、ゆらりと影を現した。

あらかじめ機体表面に指向性爆薬を仕掛け、受けた打撃を弾き返す仕掛けだ。一部のディザスター級ガーディアンだけでなく、通常の戦車にもしばしば装備される。当然ながら一度使ってしまえばそれまでだが、グリムチェーキ機はすでに、至近距離で昏倒しているがごときアリシア機に大型機関砲を向けていた。




ファティマは、守られるだけの王女だの女だのはごめんだった。カガ=リンが呆然とするのを尻目に、死んだパイロットの操縦ヘルメットを奪い取り、横倒しになったミーレスのコクピットに敢然と踏み込んだ。

全身から煙を吐いているし、このミーレスはもう立ち上がれまい。だが動力は生きたままのようだ。モニターの映像も明瞭である。それと思しき操縦桿をひねり上げると、ミーレスの右腕が、機銃をグリムチェーキ機の方に向けて持ち上げた。

ガーディアンは通常、複雑極まる機体制御を高性能コンピュータと、“リンケージ適性”と呼ばれる特殊なタイプの脳波伝達とに依存する。しかしミーレスは機能を絞った廉価量産機である代わりに、操縦法はガーディアンの中でも単純明快であり、あえてこれを好むパイロットさえ少なくない。極端な話、ただ歩かせる程度ならリンケージ適性のない一般人でも可能だ。

偶然ながらファティマも一応は適性者であるが、操縦教育は何ら受けていない。しかし味方はペイン機以外、大なり小なり損傷し、対してやっつけた敵はまだこの一機だけだった。そしてグリムチェーキ機は多弾頭ロケットを猛射している。あの胡散臭い男を信用した、自分の責任だ。

「姫。お待ち下さい」カガ=リンは、開け放たれたコクピットハッチの外から声をかけた。
「止めないで」ファティマはぴしゃりと拒絶した。
「いえ・・・照準が明らかに狂っております」カガ=リンは機銃の後方に立って、銃身の目指す先を睨んでいた。

話の判るレムリア騎士にファティマは意表を突かれたが、気を取り直してモニターを覗きこんだ。

「ちゃんと十字線の真ん中に合っているようですわよ」
「ならばおそらく、銃側の照準スコープが歪んでいるものと思われます。モニターに角度コンパスは表示されておりますか」
「あぁ・・・たぶんこれね」
「角度にして三度ほど、右にお動かし下さいますよう」

ファティマは内心緊張しながらも、モニターの目盛りを追いつつ操縦桿を動かした。

「結構でございます。次は下に一度・・・否、〇・三度ほど行き過ぎました」

カガ=リンの誘導に合わせ、ファティマは照準を微調整する。

「そも精密な照準は不可能と愚考いたしますが、牽制程度にはなりましょう。ただし、最初は数発のみ発射の上、様子をご覧になるべきにございます。味方に当たらぬとも限りませぬゆえ・・・あっ、アリシアが接近しおったか・・・」

そのときドン、とグリムチェーキ機が爆発し、ビリビリと空気の振動が伝わってきた。アリシア機は弾き飛ばされた。グリムチェーキ機はまだ健在だ。

「撃ちます!」

カガ=リンの返事も待たず、ファティマは果断にトリガーを引いた。




ガン、とグリムチェーキ機の後端を軽い衝撃がかすめた。

二、三秒置いて、より正確な斉射が飛んできた。装甲の頑強さから致命傷には至らなかったが、グリムチェーキ機はすでに戦闘力を失ったアリシア機を放置して、射撃の出所に機関砲を向け直した。

その隙が失敗となった。至近距離まで急接近してきたペイン機が、ショットガンで機関砲を粉砕してしまった。ペインは空になった弾倉を捨てたが、もう予備散弾はなかった。代わりに、一個だけ用意してあったグレネード弾の弾倉を押し込んだ。

だが、これを使える間合いにはなかった。グリムチェーキ機は急発進して、逃げるペイン機を轢こうと試みていたのだ。さらにまったく同時に人型砲塔をよじって、九インチ砲をファティマのミーレスに向けた。性能以前に、単座式機では操縦者が一人という関係上、通常これほどの器用な同時並行操作は難しいはずだった。

ファティマのミーレスは弾倉を撃ち尽くし、自動的にリロード挙動を取ろうとしていたが、今の機体状況でまともにこなせるはずもなかった。左手はあらぬ空中をまさぐっていた。そもそも、カガ=リンがファティマをコクピットから引き摺り出そうとしていた。

「充分です、退避を!反撃が来ます」
「いいえ、まだまだ・・・!」

カガ=リンは抵抗するファティマを半ば担ぎ上げながら走った。最初の斉射は横臥するミーレスの頭上を飛び越えて行ったが、およそ十秒後、次発の九インチ砲弾が直撃して、ミーレスは木っ端微塵になった。二人はどうにかカガ=リン機の陰に飛びこんで爆風をやり過ごした。

グリムチェーキ機のキャタピラの方も、九インチ砲の反動にふらつきはしながら、的確にペイン機を追ってきた。だがカバリエ部隊の残骸付近を通りかかった時、地中から伸びたドリルアームが片側の覆帯を殴りつけ、ドリルアームは折れたが覆帯も割れた。グリムチェーキ機は機動手段を失い、擱座した。

「まーた地中に潜って助かったネ!でももう動けないヨ!とどめは頼むヨ!」

焼け爛れた土と残骸に半身埋もれた超雄星機は、自らもほぼそれに近い状態だった。

なおも九インチ砲を振り回そうとしたグリムチェーキ機に、ディオネード機が追い付いた。小型ビルのようなディオネード機の脚がボンネットを叩きつけるように踏みつけ、もうリアクティブアーマーのない車体を大きくへこませた。潰された甲虫のように、亀裂からラジエターのエチレングリコール液がこぼれ出た。ディオネード機の両腕は、それぞれ九インチ砲身をギシギシとねじ曲げた。

<あれだけの罠を撒いて、アビスの力にまで頼り、それで六対五なら、充分有利だと思ったかもしれない>ディオネードはモニター越しにグリムチェーキ機を睨みつけた。<ところが、そうじゃなかった。あんたはしょせん、一人だったんだ。アビスだって、あんたの味方なんかじゃない。もう無駄な抵抗はやめるんだ!>

それでも足掻くのをやめないグリムチェーキ機は、空転するエンジンがオーバーヒートを起こし、オイルが燃え始めた。

「まずい」ペイン機は、残骸から腕一本で這い出ようとする超雄星機を押して手伝った。子犬が怪我人を動かそうとするような質量差だったが、少しでも距離を離さなければならない。

「超雄星・・・ディオネードもだ、脱出しろ。アリシア、聞こえているか」
「ダメダメ!こいつがオシャカになったらどっちみちオマンマの食い上げネ。確かにもう半分オシャカだけど、大事な相棒アル!」
「今、操縦桿を離すわけには行きません!こいつが地獄に落ちた先まで見届けてやるだけです!」

炎がグリムチェーキ機の全体に燃え広がった。ディオネード機も半身が炎に焙られた。

ウォォォォォ、と野太い風の唸りのような音がして、グリムチェーキ機のコクピットハッチが落ちた。

コクピット内は叩き潰されていた。グリムチェーキは、アリシアの一撃ですでに絶命していたのだ。眼鏡は無数のひび割れで濁り、顔面全体は血とも、炎の照り返しともつかない赤色で塗りこめられていた。だがその皮膚の下にはいまだ筋状の何かがうごめいており、粉砕されているはずの手足は、動かぬ操縦桿やペダルを無理強いし続けている。

そのコクピット内から何か黒い奔流が渦を巻いて流れ出し、ディオネード機の脇をすり抜けて、カガ=リンと彼のマシン、それにファティマの方に伸びて行った。

「!?トロフィーだ!」
「姫!」

ディオネード機はグリムチェーキ機を放り出して駆け出した。「我が守護神よ!奇跡を!」ディオネードは無意識に叫んでいた。

ディオネード機を光が包んだ。

時速五十マイル出ていても人が歩くようでしかなかったガーディアンが、豹のように駆け出した。そして跳んだ。ディオネードは強烈なGに意識を失いかけた。黒い奔流をたちまち追い抜き、光る背中がせき止める。圧力は予想外に巨大だった。軋むディオネード機の陰で、カガ=リン機のコクピットに潜り込もうとしていたカガ=リンとファティマは、弾ける閃光に目が眩んだ。

「ペイ・・・ン!」ペイン機の通信機には、切れ切れなアリシアの声が入った。アリシア自身もまだ衝撃から立ち直っていない上に、通信機も壊れかけているようだった。「・・・れはアビス・・・!だからア・・・エンジンを!」

ペインは我に返り、燃え上がるグリムチェーキ機にグレネード弾を撃ち込んだ。

炎の中で小さな爆発が起こった瞬間、大地を揺るがす大爆発が続いた。グリムチェーキ機は、巨大なシャーシが数フィートも宙に浮いたかに見えた。人型砲塔は真っ二つに裂け、押し曲げられていた九インチ砲身は不規則な軌道で上空に放り上げられた。

ペイン機は対応する間もなく衝撃波に襲われ、轍を刻んで数十ヤード引き摺られた。砂嵐がカメラの防弾レンズをガリガリと削った。

ディオネード機は、主人が操作する前から勝手に四つん這いに縮こまり、両掌でカガ=リン機のコクピットを守った。元々満身創痍の上、巨大な風圧側断面積を持つディオネード機はズタズタに切り刻まれ、焼かれたが、断固として動くことはなかった。




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