2013年9月2日月曜日

[error:0649] TRPGノベライズ/メタリックガーディアン「砂漠を駆ける疾風」(第一章)

.
【第一章 バザール】

せめてもの海風も、その都市の熱気を和らげる助けにはならなかった。風は贅を尽くした超高層ビルに阻まれているし、その全面鏡張りのごとき外壁は、乾燥気候帯の容赦ない陽光から逃れうる日陰をどこにも与えなかった。おまけに通常時の数倍に膨れ上がった人通りが、路上を瘴気で満たしていた。

アル・シャリフ。

もはや石油の時代ではないが、この岩と砂漠の王国は、ガーディアン本体やその制御コンピュータ製造に必要な希少鉱物類にまで恵まれていた。その積み出し港でもある首都は、かつての世界商業中心地たちが軒並み壊滅した後、それに取って代わることに成功していたのだ。

だが同時に宗教色や封建的価値観も強いこの王国は、ネクタイ姿の金融ビジネスマンが闊歩する光景よりも、アジア的混沌の風景が強かった。大通りには、株や先物商品の電光価格ボードの前に、果物や民族料理の不衛生な屋台が勢揃いする有様だった。

そんな国で息子に実務を任せ、暇を持て余していた老国王が、突飛極まる大ガーディアン競争レースの開催を宣言したのだ。

今ではとらえどころのない好々爺だが、若い頃はモータースポーツに熱狂した時期もあったらしい。いまだ戦乱が完全終結したわけではないこの世界において、さすがに非常識だと諫言する大臣もいたが、ある意味優秀なビジネスマンである首相第一王子はこれを老人の戯れではなく、観光ビジネスのチャンスと捉えた。

彼が全世界にばらまいた宣伝キャンペーンは大いに効いた。入国規制の一時的緩和までも断行した。抜け目のないことに、レースは公営ギャンブルとしても計画された。その結果、レース開催の二週間前ほどから、街中が膨大かつ雑多な流れ者であふれ返ることとなった。




「チ、チーム制・・・アルか?」
「はい、一チーム五機となっております。機体型式に制限はございませんが」

そういう流れ者の一人が、レース運営本部でうろたえていた。薄汚れた拳法着のようなものを着流した東洋人で、体格は妙に良かったが、恥ずかしげもなくまき散らす英語はひどい訛りだ。オフィスの奥からは時折失笑が漏れてきた。

「ワタシ、リングネーム超雄星。クラッシャーマッチの名選手ネ。ついでに拳法も強いネ。一人で五人ぐらい軽くひねれるアル」
「いえ、ルール上、お一人ですとむしろ有利になってしまいますので・・・」

華僑系らしきその男は、あらゆる図々しさを駆使して食い下がったが、けっきょく参加申込用紙を受け取っただけで追い出された。もっとも、申込締め切りは数時間後に迫っていた。クラッシャーマッチとはガーディアンを使用した格闘試合で、見世物である点は今回のレースと同様だが、全くの別物だ。男はガーディアン競技だと聞いただけで反射的に飛び付いたのだった。

「あぁ、どうすりゃいいアルカネ、相棒・・・ただでさえ、この前の試合でオマエの修理費が嵩んだアル。ここまでの旅費だって賞金を見越しての借金ネ。あぁ、オマエを銀行の金庫破りには使いたくないアルヨ」

超雄星は、町外れに駐めた自分の愛機を撫でながら途方に暮れた。彼の十倍近い背丈があるその機体はしかし、異様に短足であり、頭頂部と両腕、両膝はなんと、掘削ドリルになっていた。クラッシャーマッチでは観客受けするのかも知れないが、どう見ても「レース」を走るべき機体ではなかった。大昔の漫画から抜け出したような姿に、目撃者はことごとく噴き出すか、そうでなければハリボテの宣伝マスコットだろうと勘違いした。

「ギャハハハ!何でぇこりゃあー!」
「あの小汚ねぇ野郎のか?ある意味納得するぜ!」

シャリフ人ではない、酔っているらしい五人組が、背後で盛大に大笑いした。ここまで露骨なものは珍しいが、言われ慣れている事ではある。超雄星は無視を決め込んでいたが、五人組はニヤけながら近づいてくると、一人が機体の脚部に靴裏を摺りつけた。

「何するカ!?コイツは大事な相棒アル!」
「ハハハ!どこの訛りだよカッペめ!てめぇ、クラッシャーか?まさかこれでレースに出るつもりじゃねぇよな」
「両方アル」
「くだらねぇ冗談はよしな!こんなオモチャで俺たちの相手になるか!ペッ」

酔っ払いの一人がマシンに唾を吐きかけた。どうやら、この五人組もレース参加者の一チームらしい。

超雄星はほとんど反射的に、その男を平手打ちした。これでも超雄星としては、精一杯紳士的に振舞っているつもりだ。

「てめぇ!何しやがる!」
「オマエのガーディアンが同じ目に遭ったらどうするアルカ?」

六人の男たちは口論になった。次第に野次馬が集まり始め、中には勝手に賭け金を集め始める者まで出た。

「うぉぉー、痛えよ痛えよー。歯が折れたよー」平手打ちされた男が挑発する。
「こいつぁ大変だぜ!治療費たんまりもらわないと足りねぇなぁー」超雄星の体格が少しばかり良くとも、五人組は数を恃みに大きく出ていた。
「そのぐらいにしておかないと、本当に治療費が高くつくアルよ?」
「あぁ?舐めてんのか?」

五人組は不用意にも包囲網を狭めた。だがある距離を割った時点で超雄星の蹴りが、垂直に完全な半円を描いた。平手打ちされた男が、今度は完全に顎を割られて吹き飛んだ。

驚く間もなく、さらに二人が同時に首に手刀を受け、一人が鳩尾に拳を受けた。たちまち四人が地面をのたうち回って、野次馬からはどよめきが起こった。

「野郎ぶっ殺す・・・!」最後の一人がナイフを抜いた。

超雄星は真っ直ぐ男を見据えている。いや、その視線はナイフ男の後方にも向かっていた。

「武器を使うのなら、こちらもこれを使うが?」

いつの間にかナイフ男の背後に、歌劇団のような派手な衣装を着た、レムリア人の男がいた。レムリア人は、時代錯誤とも言える長剣をナイフ男の喉元に突きつけていた。ナイフ男はぎょっとした。

「どうする」レムリア人は華麗に手首を返してナイフ男の前に回った。見れば、警備担当を示す腕章が付いている。

「クソッ・・・、覚えてやがれ!」逃げるナイフ男を、よろめきながら他の四人が追って行った。野次馬とノミ屋たちからは、悲喜こもごもの歓声が沸いた。

「警察の人アルカ?お人が悪いアル。アナタ最初の方から居たアル。もっと早く出て来てくれるか、そうでなければ最後まで任せて欲しかったアル」

「否、吾輩はこちらのフォーチュン支部に派遣されておるレムリア騎士で、カガ=リンと申すのだが・・・人手不足で街の警備に駆り出されておる」カガ=リンは長剣を鞘に収めた。「お見事な腕前でしたな。心配なかろうとはお見受けしていたが、さすがに光り物が出た以上、放っておいては怠慢と謗られるゆえ」

一般に生真面目極まると評されるレムリア騎士の中では、この男は割と融通の利く性格のようだった。自分の拳法の腕が判るということは、たぶん彼自身も相応の実力がある。そして生身の格闘能力に秀でる人物は、ガーディアンを扱わせても有利になる傾向がある・・・

天性の勘でそう判断した超雄星はすぐに元通りの調子の良い顔に戻り、大仰な身振り手振りを敢行し始めていた。

「フォーチュンに派遣?アナタ、リンケージアルカ?」
「左様だが、本業はガーディアンテロ対策ゆえ、市中の喧嘩騒ぎの見廻りにマシンは出さぬ。国軍は違う考えのようだが」
「いやいや、そういう話ではないアル。実はワタシ、レースに出るつもりで来たアルガ、チーム制だと知らなかったアル。アハー!ここはひとつ、これも何かの縁と思ってアルナ・・・」

銃声がした。やや遠いが、超雄星は度肝を抜かれた。

大通りの方からだろうか。さっきの連中ではないだろう。

「失礼!」カガ=リンは駆け出した。

「あっ、待ってくれアル!他にここでリンケージの知り合いなんて居ないアル!助けると思って・・・」超雄星も後を追った。




銃口は空に向けられていたが、アリシアの拳銃はかすかに煙を吐いていた。

「みつけた」

軽食屋台の即席テーブルがひっくり返り、六人の野戦服の男たちが銃口に睨まれていた。粗野そうな男が多いが、先ほどの酔っ払い連中と違い、猟犬の目付きを持っている。傭兵と見て間違いない。

「グリムチェーキ。みんな、シんだよ。でも、あたしだけイキノコった」銃口は六人のうち、片方が掌ほどもある大きな眼鏡の男に擬せられた。

「ホントウはさっさとウつべきだってシってるけど、あんたがどうしてコロされるのかオシえておかないと、だめだから」
「ま、まぁ・・・待ちなさいよ。何か誤解があるみたいだねぇ」

グリムチェーキの声は良く覚えているし、一緒に居る男たちも、全員間違いなくグリムチェーキの子分だった連中だ。アリシアは見え透いた弁解など聞く気はさらさら無かった。

だが、それよりもグリムチェーキの中性的な「猫撫で声」が気になる。確かに元々どこか嫌味で不快な男ではあったが、さりとてこんな口調では無かったはずだ。

表情も少し引きつっているが、それも銃を向けられているからではあるまい。隣の子分どもでさえ、もっと冷静だ・・・

<動くな!>

横からスピーカー越しの警告が割り込んだ。

予想外に早い段階での邪魔だ。もしかすると、初めから不審な少女としてマークされていたのかも知れない。アリシアは照準を外さないまま、片目だけそちらを向けた。

<全員両手を挙げろ。女、銃を捨てろ>

身長十二フィートのずんぐりした野戦色の甲冑が、モーゼのように群衆を割って現れた。背後には十人ほどの憲兵隊を連れている。

敏捷性に優れる最も小型のガーディアン、ライトニング級だ。

小型とはいえ、人間相手の威圧感は充分だ。平たい半球状の頭部には大きな三つの眼があるだけで、その表情のなさは一層、冷徹さを感じさせる。

腰だめに抱えた丸太のような砲身は、おそらくライトニング級用の二・五インチ散弾砲だろう。装填されているのがたとえゴム弾だとしても、この近距離で撃たれれば命の保証はない。いや、レース参加者がガーディアンを持ち出して喧嘩に及ぶ可能性を考えて、憲兵隊もこんなものを連れ回しているのだ。むしろ実弾が装填されていると考えるべきだ。

<周りの者は退避しろ。流れ弾が行っても知らんぞ>

落ち着いているがどこか事務的で無関心な口調は、かえって効果的に群衆を退散させた。屋台の店主たちまで蜘蛛の子を散らすように逃げた。グリムチェーキはすでに両手を挙げつつ、立ち上がっていた。ついでに抜け目なく、注意の分散しているアリシアの射線から微妙に外れる。手下たちもグリムチェーキに倣った。

アリシアには、もう失うものなどなかった。もとよりグリムチェーキと刺し違える覚悟だ。だが失敗だけは万が一にも許されない。アリシアはここでバクチに出るのを諦め、スピーカーの声に従うことにした。

<憲兵隊、女を連行しろ。あとの者にはこの場で取り調べだ>

憲兵隊が散開し、アリシアは二人ほどに拘束された。そういえばこの声は「子供」ではなく、「女」と言っていた。おそらく、自分が戦闘の素人でないことを判っているのだろう。そうなると、やはりそう簡単に釈放とは期待できないだろうか。

「待って欲しい。その者はレムリア人と思われる」

逃げる人波に逆らって泳いできたカガ=リンと、少し遅れて超雄星が現れた。ライトニング級と憲兵隊は、華美な外国騎士に戸惑った。

<市内で発砲した以上、黙って放免という訳にはいかない>
「それはそうだが、吾輩も警備担当なのは事実である。ひとまず連行先をフォーチュン支部にさせて欲しいというだけのこと。レムリア人同士でのみ知覚できることだが、リンケージ波長も感じられる」
<しかし・・・>
「ならば君も同行すればよい、ペイン君。おそらくレムリア大使館が絡んでくる場合よりは、話がややこしくならずに済むだろう」

不意にライトニング級のコクピットハッチが開き、パイロットスーツの男が姿を見せた。操縦支援ゴーグルを外すと、素顔もやはりマシンと同じく表情に乏しかったが、どこか生真面目さは感じられた。この男もシャリフ人ではなさそうだった。

「取り調べ結果如何によっては、引き渡してもらうぞ」
「むしろ、純然たる強盗か何かであってくれた方が、よほど安心かと存ずるがな。フォーチュンが本業として管轄すべき、ガーディアンテロリストだとでも申すよりは」

カガ=リンは、困惑する憲兵からアリシアを奪い取った。

「はい、何も心当たりはございません・・・人違いではないのでしょうか・・・私たちはレース参加者です。身元は、登録時にすでに証明されております・・・こちらが登録証でございますよ。チームナンバー、四・・・」

グリムチェーキらを職務質問していた憲兵隊は何ら得るところなく、すでに彼らを釈放しそうであった。しょせん身元などは偽装であろうが、今のアリシアにはどうすることもできそうになかった。そして、どういうつもりか知れないがレースに出るというのなら、開催当日まではここに滞在するということでもある。後の機会を狙うしかない。

連行されるアリシアの背中に、グリムチェーキはニヤリと微笑みかけた。




「ディスティニー!?」

ラーフ帝国の息がかかっていることが公然の秘密であるガーディアンテロ組織の名に、ペインも超雄星も、それどころかアリシアさえもが仰天した。超雄星がフォーチュンの会議室にまで付いてきているのは、彼のあまりの人懐こさと図々しさに、カガ=リンもペインもとうとう面倒臭くなったからだ。

ディスティニーの活動目的は、少なくとも結果的には人類絶滅にほぼ等しいと言って良い。現に大戦最盛期、彼らが追求する異次元エネルギー「アビス」が、彼らの求めているであろう量のほんの何十分の一か使われただけで、大陸の形が丸ごと歪んでしまったのだ。いかな仁義無用の悪徳傭兵がどれほどの大金を積まれようと、一時的にさえディスティニーの仕事を請け負うとは思われなかった。

「そうだ。さきほど屋台に居た眼鏡の男、アリシア君の言うそのグリムチェーキの一党は、現在ディスティニーの要員である可能性が高いと判断されている。吾輩も今、本部に照会させて知ったことだが」

カガ=リンは事務員に電信文を返した。事務員は退出して行った。

「とはいえ、まだ確定ではない。目的も判らぬ。本部が事実と認定したなら、発見次第射殺して良いことになっているがね」
「ディスティニーは禁断のアビスエネルギーを弄ぶ外道アルネ。ワタシは、たとえ阿片は大目に見てもアビスだけは許せないネ」
「ラーフとディスティニーには、俺も恨みがある。だが、レース参加者とか言っていたな。そんな不審人物が登録できたのか?」
「くどいようだが、証拠がない以上はな。ましてや、王国はいまだこの情報自体、ゆめ知るまい」
「あ、ちなみに酔っ払って誰彼構わず絡んでくるようなゴロツキでも大丈夫みたいアルヨ。意外にいい加減ネ」

アリシアとしてはグリムチェーキが何者であろうと、やることに変わりはなかった。

だが、これはペインも超雄星も、むろんカガ=リンも、味方につけるチャンスではないのか?

長い流れ者暮らしの間にこんな打算をするようになっていた自分を、アリシアは自己嫌悪した。だが今のところ自分の立場は「捕まった殺し屋」だ。至近距離に居るレムリア人同士にはある程度の精神共有が働き、嘘や、リンケージ特性までもが高確率でバレる。素直に白状するのが一番マシだったのだ。彼女は勝負に出た。

「あたしもレースをやる」

今度はカガ=リンも驚いた。

「どうせ、レースのどさくさでナニか、たくらんでるんでしょうよ。ヘタすりゃナンジュウマンニンのギャラリーやオウサマを、ガーディアンでどうこうするキかもしれないね。いっとくけど、あたしはそんなことするクズじゃないし、むしろそうしかねないクズをオいかけてる。あたしとマシンを、ケイビでヤトうとでもいうんじゃなきゃ、いっそレーストラックにおいとくのもワルくないんじゃない?」
「だから、お前こそレースの最中にグリムチェーキを撃つつもりなんじゃあないのか」ペインが疑った。
「ふふ、どうかしらねぇ」
「・・・皮肉な事だがレースのレギュレーションでは、審査済みの減装薬弾なら銃火器の使用も認められているそうだ。白兵武器に至っては、制限なし。気に食わんガーディアン乗りを亡き者にするなら、お誂え向きの舞台かも知れんな」
「むしろ奴の始末を推奨しているように聞こえるぞ。誇り高き騎士殿」

「そうアル、それアル!」超雄星は待ってましたとばかり、自分の名前しか書いていない参加申込用紙をヒラつかせた。「お嬢ちゃん、出るって言ってもレースは五機一組ネ?たぶん仲間、居ないネ?ワタシ、お嬢ちゃんに協力するアル。カガ=リンさんとペインさんも、お嬢ちゃんとそのグリムなんちゃらを、どうせなら間近で監視する方がいいんじゃないかネ?」

強引どころか、半ば矛盾すると言って良い理屈だ。カガ=リンとペインはしばし互いに顔を見合わせていたが、やがてカガ=リンが言った。「最後の一名は?」

超雄星は一層必死になった。「あ・・・あとまだ、締め切りまで三時間ぐらいあるアル!何とかなるアル」

「・・・一応、心当たりがなくはない」今一つ気は進まなさそうだったが、ペインはつぶやいた。超雄星の顔は再び輝いた。「正規の軍ガーディアン部隊は小規模だし、俺含め皆、会場やら国境やらの警備に出払っている。フォーチュンもだな。だが、今俺が教えている訓練生なら一人居る。ついでに、あいつの専用マシンはでかすぎて警備にも使いづらい代物だ。比較的、迷惑は少なくて済むかも知れん・・・」

訓練生と聞いて超雄星は少々不安になったが、スタートラインに立てるだけで奇跡だ。贅沢は言えない。しかし、もしや自分以外は誰も、名声や賞金に興味がない可能性さえあるのではないか?だとするとそれは歓迎すべきことなのか、それとも問題なのか?どうやって彼らに、優勝までも狙う気を出させるか?早くも彼の頭は次の段階に進んでいた。




高さ六十フィート、底面三十フィート角ほどの、白い巨大な“冷蔵庫”のような何かが、薄暗い工場にぼんやりと浮かんでいた。

足元では油まみれの菜っ葉服の青年が、“冷蔵庫”の底面から這い出たチューブの束を抱えたまま、場違いなパーティードレスのような姿の女と押し問答している。髪を布で隠している点だけが伝統に沿っていたが、まともなシャリフ女なら、いかな下賤の出であれ機械工場などに出入りしようとは思わない。ましてここは首都防衛隊のガーディアン整備場で、女はシャリフ王女の一人なのだ。

「戦場に出ようと言うのでもなし、砂漠で練習でしょう?」女は大きな瞳を輝かせていた。「整備なら、妾がお手伝いしてもよろしいですわ。衛兵が探し当てないうちに、そなたのガーディアンでドライブしたいのですよ、ディオネード」
「衛兵とおっしゃるなら一応、僕も軍人なんですよ?お願いですからお戻りください、僕が怒られます」

純朴そうな青年は、哀願しつつもその瞳を直視できなかったが、それはいつものことだった。爽やかそうなディオネード青年は、かつて近隣の首長国の、傍系王族の端くれでもあったが、クーデターで国を追われ、この“冷蔵庫”に乗って逃げて来たのだ。やがてシャリフに流れ着いた時には乞食同然の状態であり、その体臭には護送した軍兵たちでさえ顔をしかめた。

奇妙な“冷蔵庫”に眼を丸くして、蛾のように自ら寄ってきたこのファティマ姫だけは、不快より好奇心が勝ったようだ。だがディオネードにとってそれは、全裸をつぶさに観察されるようなものであり、シャリフ軍ガーディアン部隊の訓練生に落ち着いた今でも消えない負い目である。いや、今だって自分は埃と油まみれではないか。

この新興国の軍にリンケージとガーディアンは多くはないが、それにしてもなぜ自分なのか。訓練生である点、あるいは自分の性格なり来歴なりを見越して、ガチガチの正規軍人に比べれば籠絡し易い相手だと踏んだのだろうか?

「妾とて、リンケージ適性ありと認められた身なのですよ。それが、自らの国のために出動は愚か、ガーディアンに触れることも、操縦法の教練さえも受けさせてもらえない」ファティマは滑らかに不満をまくしたてた。心中、何度も反芻した台詞なのだろう。「せめて、お傍で見学させてくれませんか」

ディオネードは若干気持ちがぐらつかないでもなかったが、敢然と決意を込め直して、言った。

「いけません。そもそも、そのお姿でこのような場所においでになる事自体が危険なのです」
「まるで爺たちや兵どもと同じ事をおっしゃるのね」
「さもありなんと存じますが、なにも、不逞の輩に狙われるとばかり申しているのでもございません。地肌の露出する部分があったり、機械に巻き込まれ易い布飾りをお召しでは、文字通りの事故につながるのです」
「お兄様やお父様は、別に作業着など召される事もなく、何度かこちらに出入りされているそうではありませんか。軍施設ばかりか、こたびのレース参加チームの幾つかまでも、主催者を称して巡察されているとか」
「それは・・・お気持ちはお察しいたしますが、しかし・・・」

「姫!どこから守衛の眼をおくぐりになったのです!」

施設警備兵と王宮近衛兵の一団が乱入し、喚き散らすファティマを捕虜か何かのように引き摺って行った。哀れとは思いつつディオネードも、自分が招き入れたわけではなく、むしろ退出を説得していたと釈明するのに必死だった。

そして、ようやく整備作業を再開できたディオネードは、“冷蔵庫”を見上げた。

数年前、母国の古代遺跡で学者が発見したものであり、現代のいわば模造品ではない、古代超文明のオリジナルガーディアンだった。

だが少なくとも国内の技術者たちには、操縦法どころか起動方法やハッチの開け方さえ、皆目見当が付かなかった。そんなとき発見者の学者は、“冷蔵庫”が眠っていた石室に、古代語で「王家の血脈の永遠ならんことを守護する」と記されていたのを思い出した。

もしや、ということで国王自身を含め、王家の血縁者が片っ端から、“冷蔵庫”の謎に挑まされた。

継承順位のかなり低いディオネードにまで順番が回った時には、皆すでに諦めかけていた。だが彼が“冷蔵庫”に触れた途端、外壁の一部が四角く光を発し、コクピットと思われる部屋が荘厳に開いたのだ。

しかしそれは、かえって王家の秩序を乱す結果になった。もっと継承順位の高い異母兄や従兄弟や親戚たち、彼らに与する大臣らが、手勢を率いてディオネードの寝所に向かっていると知らされたとき、彼は王家のために敢えて、戦わずに逃げた。

“冷蔵庫”の操縦法はまだまだ未知数であったが、そいつは主人の意思を汲んだかのように本体から角ばった手足と頭を展開し、身長百二十フィートの巨人と化して駆け出した。

だが、それ以外の全ては捨てるしかなかった。最終的に、母国の敵でも味方でもない、絶妙適正な距離感のシャリフ王国に辿り着くまでに、わずかな彼の側近たちは皆、自ら囮として犠牲になるか、自決するか、行方知れずとなった。

「この疫病神め」

物言わぬ“冷蔵庫”に、ディオネードは毒づいた。いつの間にか衛兵と入れ替わりにペインらが入ってきた事には、気付いていなかった。

「いけないネ、相棒には感謝と信頼の気持ちを持たないとネ・・・アイヤ、こりゃあどでかい豆腐ネ!あ、東洋の食品のことネ」
「お前のも、他人の事は言えないだろう。あのケレン味満点なデザイン、むしろお前こそディスティニーじゃないのか」
「あぁ、あれはオドロいたよね。あたしもヒロイモノしかなくてフホンイでいるけど、あれはロハでもらえてもいらないかな」
「あのゴロツキどもも大概だったアルガ、それよりもっとひどい感想ネ。商売道具には大金掛けてるし、何度でも言うけどディスティニーやアビスは最低ネ。もはや地球意思として、ワタシの敵と定められているネ」
「まぁ諸君、鎮まりたまえ。ペイン君、彼がディオネード君だね?紹介してくれたまえ」

ディオネードは呆然としながら、上官に付いてきた外国人三人組を見比べた。いや、ペインも元は外国傭兵だし、自分も亡命者だ・・・。




こうして外国出身者ばかりの現地急造チームが一つ、締め切り二時間前に駆け込み申請された。大会関係者と言える人間が三人も居ることについて、運営委員会では問題視する声も上がったが、自国軍人らの発奮かと面白がった国王が、鶴の一声で承認を決めてしまった。チームナンバーは、最後となる十三が与えられた。超雄星は何語なのか怪しい、珍妙なチーム名を申請用紙に記入していたが、メンバー内にさえ全く浸透しなかった。

レースに賭けようとする客も予想屋も、他の参加十二チームのほとんども、彼らが何者なのか首を捻った。ただ、チームナンバー四と七だけは、もとより彼らに特別な関心があった。

ファティマも、ディオネードの名前を知って仰天した。何となく裏切られたような気分がして、彼女はまたも、衛兵の監視をまく算段を始めた。




0 件のコメント:

コメントを投稿