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【エピローグ】
爆風が収まると、黒い奔流も消えていた。
クレーターの底は煤煙と硝煙が滞留してむせ返るほどであったが、すでにその隙間から何個かの星が見え隠れし始めていた。そこかしこで小さくくすぶる残り火を別にすれば、昼間のあれほどの酷暑が嘘のように、岩石砂漠の気温は一気に下がっていた。目に付くほどの虫もいない死の世界は、ひたすら静かだった。
世界を賭けて戦った“守護者”、ガーディアンたちは、ペイン機だけがまだどうにか動ける以外、敵も味方もすべて大破していた。無線で救援を呼んだペインが、コクピットから降りてきた。「ここは首都から三十マイルだ。救援はすぐに来るから、安心してくれ」
「ティエンナ(とほほ)・・・、安心と言われてもネー、ここまでやられちゃうと、修理できるかどうか判らんアルヨ。少なくとも優勝賞金じゃあ、どう見ても足らんアル」超雄星は泣きべそだった。
「申し訳ございません。妾が責任をもって、父と兄に掛け合いますわ」ファティマはうろたえた。その必死の表情に、超雄星のほうが慌てて作り笑いした。「アイヤ、アイヤァ・・・まぁ何と申しますヤラ、面目ないアル、ハハハ。国士無双を謳われたこの超雄星、今回は姫様にもお手間を取らせてしまいましたアル。いや御武勇まことに天晴・・・」
「諸君、本当に助かった」カガ=リンは全員の中心に向け、深々と頭を下げた。「誰が一人足りずとも、疑いなく敗れたはずの戦況であった。そうなれば如何、成り果てておったか。フォーチュンと地球市民を代表して感謝する」
「あはは、地球市民じゃない約束だったでしょ。我が同胞たる騎士様」アリシアは割り込んだ。表情も声も険が取れ、びっくりするほどにこやかだった。言葉さえも、今までの鬱屈した戦争孤児少年兵のものとは違って聞こえる。「約束通り、ゆっくり昔話でも聞かせてもらうよ。あ、ゆっくりって言っても、早いうちに仲間の墓に報告に行っちゃうけどね。仇は討った・・・って」
わずかながら微妙な空気になったのを察して、ペインはディオネードに声をかけた。「ディオネード、そっちは直りそうか」
「装甲はボロボロですが、中身はまだ何とかなると思います。ただ、エネルギーがほとんど切れてるんです」ディオネードはコクピットから顔を覗かせた。「通常補給されるALエネルギーとは違う何かが、別系統で蓄積してあったみたいなんですが・・・どうやってチャージするんでしょうね、これ。待てばいいのかなぁ」
「あれは、まことに奇跡であったな。あれが自由に使いこなせるのであれば、まさしく英雄の名に値するぞ、王子」
「ですから、王子はやめて下さいってば。今の僕はただの訓練生です」
「訓練生か。もうその称号は、似つかわしくないな。帰って報告書を上げる時に、俺が推挙しておこう。すでに能力・人品ともに充分、第一線任務に耐えるとな」
「そ、そんな。からかわないで下さい」
「いいえ、ディオネード。あなたには本当に助けられました。もちろんそれも、私から父・・・陛下と首相にご報告奉りますわ」
ファティマが近寄るとディオネードは一層困惑したが、いつのまにかファティマから眼を逸らさずに居られるようになっていたことには、本人も気付かなかった。二人の吐く息がわずかに白かったのは、気温が下がったせいなのであろうか。
「助けられたのは、あなたのガーディアンにも。確か、王家の血脈の永遠ならんことを守護する、と記されていたそうですわね」
「王家って言っても・・・僕は、亡命者です」
「“王家”ではなく、“王家の血脈”の永遠ならんことを守護する、なのであろう?」カガ=リンはボソリと言った。「もしや君のガーディアンはトロフィーよりも、“王家の血脈”を伝えるべき者“たち”を守ろうとしたのやも知れぬな。吾輩などは、たまたま近くにおったがゆえに恩恵に与ったのみである、と。いやはや、有難い」
皆、しばらく意味が判らなかったが、やがて誰ともなく笑い始め、その輪は大きく広がった。ディオネードとファティマを除いて。
「アイヤ、めでたい!姫様、ガーディアンが見たければ、今度からお忍びなどやめるヨロシ。堂々と一緒に乗ればいいアルネ!」
高らかに宣言した超雄星は、とうとう二人に追い回されることとなった。まだまだこれからアビスの脅威と闘う守護者たちにも、笑う時は必要であった。
【了】
2013年9月2日月曜日
[error:0651] TRPGノベライズ/メタリックガーディアン「砂漠を駆ける疾風」(第三章)
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【第三章 決闘】
荒涼とした死の世界には変わりがないが、わずか千フィートほどでも標高が上がると次第に砂は減り、焼けた岩石の世界へ移行した。地層の柔らかい部分だけが風で浸食されたキノコ状の岩塔の森が、夕陽に真横から照らされ、二色まだら模様の非現実的な映像を生んでいた。砂漠の乾ききった空気のため、それらの影はどこまでも遠方まで薄れずに伸びていた。
「なるほど。何日もマシンを隠すには向いた立地やも知れぬな」
「正面、見えて来ました・・・あの壁が外輪山です」
「西から接近しよう。もうじき沈むが、一応、太陽を背にしたい」
だが彼らが外輪山に達した時には夕陽は沈み、砂漠の気温は急速に下がり始めた。
ティボ・クレーターは直径一マイル、深さ五百フィートほどであった。五機のガーディアンは急峻な外輪山をよじ登ったが、頂上に達する直前で停止し、操縦者たちは生身で様子を窺いに出た。
クレーターの中心付近に、長大な二門のカノン砲が目立つ大型のディザスターが一機、カバリエが四機。
さらに、向かって右に三百ヤードほど離れた位置にミーレスが一機と、三十フィートほどの鉄骨が地面に突き立っている。
ペインが持っていた双眼鏡を、五人で回し視た。
「道理でレースに出せんはずネ。どれもこれも、見るからにラーフ製マシンのパーツまで流用して、かなり改造してあるネ」
「おそらくアビスエンジン・・・も積んでおるであろうな。強力だが搭乗者はいずれ、文字通りに気が触れる代物だ」
「あのディザスターがグリムチェーキだよ!ハンブンイジョウ、あいつのマシンじゃなくなってるけどさ」
「あんな大砲があって、なぜ開けた平原で遠距離砲戦をやらず、こんなクレーターで戦いたがる?腑に落ちないな」
「あの鉄骨!上の方に姫が縛り付けられてます!」ディオネードは思わず叫んで立ち上がった。「姫!今お助けにあがります!」
「判っている。落ち着け!」ペインは一喝した。「作戦を立ててからだ。・・・配置から見るに、やはり連中は姫をそう重視してはいない。我々を誘い出せさえすれば、役目は終わったようなものだ」
「姫の周りはおそらく地雷か何か、罠が敷かれているであろうな。よし、あそこはまず吾輩が飛び込んでみよう」
「だめです、トロフィーは騎士殿、あなたがお持ちです。あなたこそ、一番守られるべきです。僕に任せて下さい」
「フッ、敵主力に向かう方が危険なはずだ。さらに、吾輩の機は唯一、飛行が可能である。何か食らったとしても、宙に浮いておるなら比較的被害は抑えられるであろう。だがそれで行動不能になった際にも備え、ディオネード君には援護を頼みたい」
「・・・・・・」
「最悪の場合、トロフィーは機ごと自爆してでも処分する。フォーチュンのレムリア騎士を信頼してくれたまえ」
「よし、判った。なら主力の方は、俺が先頭で突っ込んで砲撃の囮になる。俺のマシンは小回りは利くが、攻撃が奴らに通用するかはどうせ怪しい。超雄星は、たぶん壁役のはずのカバリエ四機を、どうにか押さえてくれ。その隙にデカブツを叩くのはアリシア、お前の役目だ」
「任せるアルネ。去年二十機の無差別級バトルロイヤルをやったのに比べたら、あんなザコの四機ぐらい屁でもないネ」
「カンシャするよ、あたしにハナをもたせてくれて。これだけのためにイきてきたんだ。サしちがえてでもやってやるさ!」
<そろそろ相談はまとまったかね?>
急にクレーターの底から、間延びしたスピーカー音が反響しながら襲ってきた。敵各機の銃砲身が一斉にこちらを向いた。
「アイヤ、バレてるアルヨ!」
「ディザスターの望遠スコープやセンサーは優秀だからな。覚悟はしていた」
「これが欲しいのだな?」カガ=リンが立ち上がり、観客なき擂り鉢コロシアムに向け、トロフィーを堂々と掲げた。
<結構、大変結構・・・んふふ>
スピーカーかクレーターの反響のせいかも知れなかったが、同時に複数の、微妙に波長の違う音が混ざってうなりが生じているような奇妙な声だった。
「やっぱり、ムカシよりもっとキモチわるいコエだよ!ハきケがする!」
「アビスだな。アビスの副作用にやられてる。奴はもう、半ば人外だ・・・」
「行きましょう」
五人は弾かれたようにコクピットに駆け戻った。
「半ば人外、か・・・あぁそう言えば、実はレムリア騎士とは申せども、吾輩は半分、地球人類ではないのだ。無事に帰ったならひとつ、昔話でも興ずるとしようか」
「ナニよキュウに・・・やめてよね。オオボラふきはヒトリでジュウブンだよ」
「え、それはもしやワタシアルカ?ワタシはいつだあーって表裏なきこと、関帝もかくのごとしアルヨ?」
彼らは手際良くエンジンに火を入れ直しながら、緊張を緩めるかのように言葉を交わした。電磁バルブの頼もしい作動音の一オクターブ上に、AL粒子エンジンの快調な歌声が重なる。
五機のガーディアンは次々に立ち上がった。
カガ=リン機は防御フィールドを下方に放った反発力で浮き上がり、ロケットブースターに点火して空中を疾駆した。あとの四機はすでに、外輪山内側の急斜面を半ば転落するように駆け下っていた。
「ふふふふ・・・早速かかったね」
グリムチェーキの顔は、何か生き物が這っているかのように盛り上がりながら痙攣していた。望遠スコープはすでにアリシアたちの居る辺りに狙いが定まっており、射撃管制コンピュータによる何十種の補正計算も一瞬で終わっていた。
「子猫ちゃあん、こんな砂漠で日焼けさせちゃって悪かったねぇ。もう、すぐにカタがつくからねぇ」
グリムチェーキは無造作にトリガーを引いた。
砲身長六十フィートに及ぶ両肩の八十口径九インチ砲が、砲弾同士の衝撃波で互いに軌道が狂うのを避けるため〇・一秒ほどの差を置いて、大地を揺るがした。艦砲サイズの巨砲の反動に逆らうため、グリムチェーキ機は自動的に最低ギアで急バックした。
ペインも指摘した通り、ロケット砲弾を使わなくとも射程二十マイルを軽く超すこの砲は、直径一マイルのクレーターでは無用の長物とも思われた。砲弾は一秒足らずで外輪山に命中し炸裂したが、カガ=リン機以外の四機は危うくも、すでに着弾地点を通過済みだった。
だが二発の砲弾は、外輪山の内壁を粉砕した。連鎖する巨岩の雪崩が、頭上から四機に襲いかかった。
先頭を走っていたペイン機だけはクレーターの底面に逃げ切れたが、あとの三機は瓦礫と砂嵐の中に呑み込まれた。赤茶けた濃密な煙が晴れる頃、頑強なディオネード機だけが、手ひどく傷つきつつも瓦礫を掻き分けてヨロヨロと這い出した。アリシア機と超雄星機は出て来なかった。
「ライトニングに攻撃を集中するのだァ!」
グリムチェーキは勝ち誇って命じた。四機のカバリエはすでにグリムチェーキ機の前方に展開しつつあったが、走りながらペイン機に向けて機銃を猛射した。
カガ=リン機は対空迎撃を避けるため螺旋軌道を描きつつ、姫の鉄骨に向けて滑空した。
鉄骨を守っているミーレスは機銃を構えてはいるものの、撃ってはこなかった。撃墜は困難と判断し格闘戦を決意したのか、ミーレスは機銃の銃剣モードを発動した。銃口の下に装備されていた高周波ブレードがきっぱりと前進し、高圧電流線のような不穏な唸り音を発した。
「良い心構えだ。ディスティニーとは申せ、敬服する」カガ=リン機は残り百ヤードに迫り、腰の長剣に手をかけつつ、姿勢を垂直に起こして減速を始めた。
その時、地面から無数のロケット弾が噴出した。狙いも何もなく、数を恃みにただ垂直に飛翔する。その櫛の歯に、カガ=リン機はなすすべなく捉えられた。カガ=リンもまさに予想していた事ではあったが、これほどの規模とは思わなかった。
「うおっ!」
カガ=リン機は何発かの直撃に射抜かれ、そのまま軟着地できずに下半身から地面に突っ込んだ。両脚が股関節から折れ、抜きかけていた長剣は空中をくるくると回転していった。地面に手を突いた際、両肘の関節からもパーツが幾つか弾け飛んだ。
「ひひひ!あちらも成功だねぇ・・・宙に浮いていたぶん、普通に走ってたよりはマシだったろうけどねェー、ありゃあもうダメだなァァァー!」
グリムチェーキの興奮は強まっていた。大きな眼鏡の下で、両眼球が不規則にグリグリと踊っていた。その時彼はノーマークであるディオネード機を狙い撃つべきだったはずだが、すでに勝利を確信したのか、それとも体の自由が利かなくなっていたのか。特注の大型機を支えるアビスエンジンの波動は、明らかに彼の心身を蝕んでいた。
無敵の魔剣は、強力であるがゆえに人を惹き寄せ憑依する、呪いの剣でもあったのだ。そしてそいつこそが真に、次元の封印を解放せんと願っている。
「コクピットは吹っ飛ばしちゃあダメだよォー!ゴプラームはそいつが持ってるハズだからねぇー!」グリムチェーキの口から泡が吹きこぼれた。「アビス!アビスの力をもっと!手にするのだァァァ!」
ミーレスの操縦者も歴戦の傭兵だ。専門外とはいえ、ファンタズムの内部構造も概ね把握している。まずは自爆を防ぐため、制御コンピュータかエンジンを止めるべきだった。いや、あの機体状態なら腹部コクピット部分を本体から切断してしまう方が確実か。
ミーレスは動きを止めたカガ=リン機に歩み寄り、慎重に、かつ躊躇なく、銃剣の狙いを鳩尾に定めた。交流電磁石によって毎秒数万往復の微小震動を与えられた超合金の切っ先は、ガーディアンの装甲といえども泥のように貫通するだろう。
ファティマは鉄骨の上から喚き散らしているが、誰の耳にも届くことはない。
ディオネード機は素人の競歩のように必死にドスドスと接近しつつあったが、とても間に合うはずがなかった。ディオネード機も銃火器は持っていない。
ディオネードは奥の手を使う決心をした。
失敗すれば自らの戦闘力も大きく損なわれるが、やむを得ない。ディオネード機の右腕が、いまだ五百ヤード以上も離れたミーレスに向けて振るわれた。同時に、肘から先がロケット噴射により分離した。
鉄拳はグングンと加速した。しかも一度狙われた目標に向けて、噴射を微調整しながら誘導された。ミーレスは命中直前まで、何が起きたのか判らなかった。直径七フィートに及ぶ超音速の鉄拳はミーレスの右腰を粉砕し、ミーレスは激しく回転しながら倒れた。超音速の衝撃波とミーレスが倒れた地震がファティマを揺さぶったが、怪我はなかった。
脇腹を下に横倒しになったミーレスの操縦者はコクピットから脱出したが、前方にはすでに、一足先に脱出したカガ=リンが短機関銃を抱えて仁王立ちしていた。
「無益な殺生は望まぬ。降伏されよ」
しかしミーレスの操縦者は拳銃を抜こうとした。ディスティニー構成員は捕まればどうせ処刑されるか、味方の口封じ部隊に狙われるだけだ。
中途半端に距離があったため、カガ=リンは安全の為に発砲せざるを得なかった。四、五発が命中して、そいつはもんどり打った。
<お待たせして申し訳ございません。大事ございませんでしたか>
追い付いたディオネード機は右腕を回収しつつ、ファティマの鉄骨をゆっくりと根元から折り曲げ、姫を地面に近づけた。ディオネード機が乱暴にひっこ抜けば、危険なほどのGがかかってしまう。最悪の場合、地下にまだ罠がないとも限らない。
「ディオネード君!あとは任せろ。ペイン君の支援に往くのだ」カガ=リンはファティマに駆け寄りながら叫んだ。
<判っています。よろしくお願いします>ディオネード機はくるりと振り向いた。
ペインはみごとな機動で、カバリエ部隊の猛射をことごとく潜り抜けていた。ただでさえ装甲を犠牲に機動力を追及したライトニングに対し、五倍の身長があるカバリエが狙い辛いのは確かであったが、その代わり一発でも当たれば、即座に挽肉になるだろう。
「ペイン!聞こえるアルカ!」通信機から頼もしいダミ声がした。
「生きていたか」
「二人とも大丈夫アル。マシンもまだまだいけるアル。うまい具合に、ディオネードのお化け豆腐が後ろにいてくれたからネ。ペイン、連中をなるたけこっちに誘いこめるアルカ?」
「やってみよう」
ペインはわざと機体を横転させかけて急激な横滑りをかけた。一瞬前まで居たところを機関砲弾のシャワーが通過する。
ペイン機はカバリエ部隊ではなく、彼らの隙間から、あえて遠方のグリムチェーキ機を狙い撃った。二・五インチショットガン程度では効果がないのは承知の上だが、グリムチェーキの盾であるカバリエ部隊は、一層躍起になってペイン機を追い回した。
ペイン機は縦横に駆け回りながらも、じわじわと崩落地点に向けて後退していった。
「よしペイン、横にどくアル!」
掘削ドリルの作動音が急に全開して、瓦礫の山から超雄星機が突き抜けてきた。
「エネルギーを大食らいする秘奥技ネ!受けてみるヨロシ、彗星ランサー!」
彼らしいネーミングセンスだったが、威力はあった。超雄星機は竜巻のように高速旋回しながら全身のドリルを総動員し、不用意に接近していたカバリエ部隊に壮絶な斬り込みをかけた。体当たりが敵機を弾き飛ばし、距離を取ろうとすれば伸縮可能なドリルアームが不意を突く。回転する円錐形のボディに撃ち込まれた弾は、ほとんどが滑って反射した。
ペイン機は乱戦の横をすり抜けてグリムチェーキ機に突進し、超雄星機の穴から這い出てきたアリシア機も続いた。
アリシア機唯一の武器である槍は瓦礫に埋もれてしまっていたが、それでも拳でグリムチェーキ機のコクピットを粉砕してしまえばカタが付く。
ところが弾き飛ばされたカガ=リン機の長剣が、アリシアの前方で地面に突き立っていた。
「ありがたい。かりるよ!」
アリシア機は、疾駆しながら長剣を引き抜いた。
<えぇい・・・使えぬ奴らだァァァ・・・!まとめて死ねィ・・・!>
ついさっきまで全滅寸前だったはずのチームナンバー十三が、なぜか三機も突っ込んでくる。カバリエ部隊は超雄星に翻弄されている。そしてディザスターは接近戦が苦手だ。
もはや一刻の猶予もないと決断したグリムチェーキは、後退しながら多弾頭ロケットを見境なしに乱射した。
グリムチェーキ機の前方に扇形に飛んだ十二発の大型ロケット弾が、空中で分裂する。数十倍の数のナパーム弾が容赦なく降り注ぎ、赤黒い爆炎がそこら中でめくれ上がった。
運悪く多数の弾が集中した超雄星機とカバリエ部隊は、たちまち業火の中に放り込まれた。ディオネード機は至近弾を受けて転倒した。ペイン機とアリシア機は、危うく被害範囲から逃れた。
「超雄星!聞こえるか、返事をしろ」ペインは呼びかけた。「生きていたら酸素マスクを付けろ!ナパームだ、窒息するぞ」
しかしペイン機にも、今度はグリムチェーキ機から大型機関砲の掃射が来た。ペインは慌てて距離を離しつつ、回避に専念せざるを得なかった。
代わりにその隙を突いて、アリシア機が側面から突入した。
「グリムチェーキ!こんどこそカクゴしろッ!」
アリシア機は半ば体当たりざま、空中で振りかぶった長剣をグリムチェーキ機の半人型砲塔に叩きつけた。レムリアの魂とも言える十三フィートの特殊合金の刃は、両断せずともコクピットを叩き潰すのに充分だ。
灰色の爆風が四散した。派手な爆発が起こった。アリシア機は身長の数倍も吹き飛ばされ、あちこちの装甲や構造材が砕け散った。
「ああっ、相打ち!?」
「違う・・・!爆発するにしても早過ぎる。リアクティブアーマーだ!」
濃密な煙の中から、いびつに変形してはいるが姿勢を保ったグリムチェーキ機が再び、ゆらりと影を現した。
あらかじめ機体表面に指向性爆薬を仕掛け、受けた打撃を弾き返す仕掛けだ。一部のディザスター級ガーディアンだけでなく、通常の戦車にもしばしば装備される。当然ながら一度使ってしまえばそれまでだが、グリムチェーキ機はすでに、至近距離で昏倒しているがごときアリシア機に大型機関砲を向けていた。
ファティマは、守られるだけの王女だの女だのはごめんだった。カガ=リンが呆然とするのを尻目に、死んだパイロットの操縦ヘルメットを奪い取り、横倒しになったミーレスのコクピットに敢然と踏み込んだ。
全身から煙を吐いているし、このミーレスはもう立ち上がれまい。だが動力は生きたままのようだ。モニターの映像も明瞭である。それと思しき操縦桿をひねり上げると、ミーレスの右腕が、機銃をグリムチェーキ機の方に向けて持ち上げた。
ガーディアンは通常、複雑極まる機体制御を高性能コンピュータと、“リンケージ適性”と呼ばれる特殊なタイプの脳波伝達とに依存する。しかしミーレスは機能を絞った廉価量産機である代わりに、操縦法はガーディアンの中でも単純明快であり、あえてこれを好むパイロットさえ少なくない。極端な話、ただ歩かせる程度ならリンケージ適性のない一般人でも可能だ。
偶然ながらファティマも一応は適性者であるが、操縦教育は何ら受けていない。しかし味方はペイン機以外、大なり小なり損傷し、対してやっつけた敵はまだこの一機だけだった。そしてグリムチェーキ機は多弾頭ロケットを猛射している。あの胡散臭い男を信用した、自分の責任だ。
「姫。お待ち下さい」カガ=リンは、開け放たれたコクピットハッチの外から声をかけた。
「止めないで」ファティマはぴしゃりと拒絶した。
「いえ・・・照準が明らかに狂っております」カガ=リンは機銃の後方に立って、銃身の目指す先を睨んでいた。
話の判るレムリア騎士にファティマは意表を突かれたが、気を取り直してモニターを覗きこんだ。
「ちゃんと十字線の真ん中に合っているようですわよ」
「ならばおそらく、銃側の照準スコープが歪んでいるものと思われます。モニターに角度コンパスは表示されておりますか」
「あぁ・・・たぶんこれね」
「角度にして三度ほど、右にお動かし下さいますよう」
ファティマは内心緊張しながらも、モニターの目盛りを追いつつ操縦桿を動かした。
「結構でございます。次は下に一度・・・否、〇・三度ほど行き過ぎました」
カガ=リンの誘導に合わせ、ファティマは照準を微調整する。
「そも精密な照準は不可能と愚考いたしますが、牽制程度にはなりましょう。ただし、最初は数発のみ発射の上、様子をご覧になるべきにございます。味方に当たらぬとも限りませぬゆえ・・・あっ、アリシアが接近しおったか・・・」
そのときドン、とグリムチェーキ機が爆発し、ビリビリと空気の振動が伝わってきた。アリシア機は弾き飛ばされた。グリムチェーキ機はまだ健在だ。
「撃ちます!」
カガ=リンの返事も待たず、ファティマは果断にトリガーを引いた。
ガン、とグリムチェーキ機の後端を軽い衝撃がかすめた。
二、三秒置いて、より正確な斉射が飛んできた。装甲の頑強さから致命傷には至らなかったが、グリムチェーキ機はすでに戦闘力を失ったアリシア機を放置して、射撃の出所に機関砲を向け直した。
その隙が失敗となった。至近距離まで急接近してきたペイン機が、ショットガンで機関砲を粉砕してしまった。ペインは空になった弾倉を捨てたが、もう予備散弾はなかった。代わりに、一個だけ用意してあったグレネード弾の弾倉を押し込んだ。
だが、これを使える間合いにはなかった。グリムチェーキ機は急発進して、逃げるペイン機を轢こうと試みていたのだ。さらにまったく同時に人型砲塔をよじって、九インチ砲をファティマのミーレスに向けた。性能以前に、単座式機では操縦者が一人という関係上、通常これほどの器用な同時並行操作は難しいはずだった。
ファティマのミーレスは弾倉を撃ち尽くし、自動的にリロード挙動を取ろうとしていたが、今の機体状況でまともにこなせるはずもなかった。左手はあらぬ空中をまさぐっていた。そもそも、カガ=リンがファティマをコクピットから引き摺り出そうとしていた。
「充分です、退避を!反撃が来ます」
「いいえ、まだまだ・・・!」
カガ=リンは抵抗するファティマを半ば担ぎ上げながら走った。最初の斉射は横臥するミーレスの頭上を飛び越えて行ったが、およそ十秒後、次発の九インチ砲弾が直撃して、ミーレスは木っ端微塵になった。二人はどうにかカガ=リン機の陰に飛びこんで爆風をやり過ごした。
グリムチェーキ機のキャタピラの方も、九インチ砲の反動にふらつきはしながら、的確にペイン機を追ってきた。だがカバリエ部隊の残骸付近を通りかかった時、地中から伸びたドリルアームが片側の覆帯を殴りつけ、ドリルアームは折れたが覆帯も割れた。グリムチェーキ機は機動手段を失い、擱座した。
「まーた地中に潜って助かったネ!でももう動けないヨ!とどめは頼むヨ!」
焼け爛れた土と残骸に半身埋もれた超雄星機は、自らもほぼそれに近い状態だった。
なおも九インチ砲を振り回そうとしたグリムチェーキ機に、ディオネード機が追い付いた。小型ビルのようなディオネード機の脚がボンネットを叩きつけるように踏みつけ、もうリアクティブアーマーのない車体を大きくへこませた。潰された甲虫のように、亀裂からラジエターのエチレングリコール液がこぼれ出た。ディオネード機の両腕は、それぞれ九インチ砲身をギシギシとねじ曲げた。
<あれだけの罠を撒いて、アビスの力にまで頼り、それで六対五なら、充分有利だと思ったかもしれない>ディオネードはモニター越しにグリムチェーキ機を睨みつけた。<ところが、そうじゃなかった。あんたはしょせん、一人だったんだ。アビスだって、あんたの味方なんかじゃない。もう無駄な抵抗はやめるんだ!>
それでも足掻くのをやめないグリムチェーキ機は、空転するエンジンがオーバーヒートを起こし、オイルが燃え始めた。
「まずい」ペイン機は、残骸から腕一本で這い出ようとする超雄星機を押して手伝った。子犬が怪我人を動かそうとするような質量差だったが、少しでも距離を離さなければならない。
「超雄星・・・ディオネードもだ、脱出しろ。アリシア、聞こえているか」
「ダメダメ!こいつがオシャカになったらどっちみちオマンマの食い上げネ。確かにもう半分オシャカだけど、大事な相棒アル!」
「今、操縦桿を離すわけには行きません!こいつが地獄に落ちた先まで見届けてやるだけです!」
炎がグリムチェーキ機の全体に燃え広がった。ディオネード機も半身が炎に焙られた。
ウォォォォォ、と野太い風の唸りのような音がして、グリムチェーキ機のコクピットハッチが落ちた。
コクピット内は叩き潰されていた。グリムチェーキは、アリシアの一撃ですでに絶命していたのだ。眼鏡は無数のひび割れで濁り、顔面全体は血とも、炎の照り返しともつかない赤色で塗りこめられていた。だがその皮膚の下にはいまだ筋状の何かがうごめいており、粉砕されているはずの手足は、動かぬ操縦桿やペダルを無理強いし続けている。
そのコクピット内から何か黒い奔流が渦を巻いて流れ出し、ディオネード機の脇をすり抜けて、カガ=リンと彼のマシン、それにファティマの方に伸びて行った。
「!?トロフィーだ!」
「姫!」
ディオネード機はグリムチェーキ機を放り出して駆け出した。「我が守護神よ!奇跡を!」ディオネードは無意識に叫んでいた。
ディオネード機を光が包んだ。
時速五十マイル出ていても人が歩くようでしかなかったガーディアンが、豹のように駆け出した。そして跳んだ。ディオネードは強烈なGに意識を失いかけた。黒い奔流をたちまち追い抜き、光る背中がせき止める。圧力は予想外に巨大だった。軋むディオネード機の陰で、カガ=リン機のコクピットに潜り込もうとしていたカガ=リンとファティマは、弾ける閃光に目が眩んだ。
「ペイ・・・ン!」ペイン機の通信機には、切れ切れなアリシアの声が入った。アリシア自身もまだ衝撃から立ち直っていない上に、通信機も壊れかけているようだった。「・・・れはアビス・・・!だからア・・・エンジンを!」
ペインは我に返り、燃え上がるグリムチェーキ機にグレネード弾を撃ち込んだ。
炎の中で小さな爆発が起こった瞬間、大地を揺るがす大爆発が続いた。グリムチェーキ機は、巨大なシャーシが数フィートも宙に浮いたかに見えた。人型砲塔は真っ二つに裂け、押し曲げられていた九インチ砲身は不規則な軌道で上空に放り上げられた。
ペイン機は対応する間もなく衝撃波に襲われ、轍を刻んで数十ヤード引き摺られた。砂嵐がカメラの防弾レンズをガリガリと削った。
ディオネード機は、主人が操作する前から勝手に四つん這いに縮こまり、両掌でカガ=リン機のコクピットを守った。元々満身創痍の上、巨大な風圧側断面積を持つディオネード機はズタズタに切り刻まれ、焼かれたが、断固として動くことはなかった。
【第三章 決闘】
荒涼とした死の世界には変わりがないが、わずか千フィートほどでも標高が上がると次第に砂は減り、焼けた岩石の世界へ移行した。地層の柔らかい部分だけが風で浸食されたキノコ状の岩塔の森が、夕陽に真横から照らされ、二色まだら模様の非現実的な映像を生んでいた。砂漠の乾ききった空気のため、それらの影はどこまでも遠方まで薄れずに伸びていた。
「なるほど。何日もマシンを隠すには向いた立地やも知れぬな」
「正面、見えて来ました・・・あの壁が外輪山です」
「西から接近しよう。もうじき沈むが、一応、太陽を背にしたい」
だが彼らが外輪山に達した時には夕陽は沈み、砂漠の気温は急速に下がり始めた。
ティボ・クレーターは直径一マイル、深さ五百フィートほどであった。五機のガーディアンは急峻な外輪山をよじ登ったが、頂上に達する直前で停止し、操縦者たちは生身で様子を窺いに出た。
クレーターの中心付近に、長大な二門のカノン砲が目立つ大型のディザスターが一機、カバリエが四機。
さらに、向かって右に三百ヤードほど離れた位置にミーレスが一機と、三十フィートほどの鉄骨が地面に突き立っている。
ペインが持っていた双眼鏡を、五人で回し視た。
「道理でレースに出せんはずネ。どれもこれも、見るからにラーフ製マシンのパーツまで流用して、かなり改造してあるネ」
「おそらくアビスエンジン・・・も積んでおるであろうな。強力だが搭乗者はいずれ、文字通りに気が触れる代物だ」
「あのディザスターがグリムチェーキだよ!ハンブンイジョウ、あいつのマシンじゃなくなってるけどさ」
「あんな大砲があって、なぜ開けた平原で遠距離砲戦をやらず、こんなクレーターで戦いたがる?腑に落ちないな」
「あの鉄骨!上の方に姫が縛り付けられてます!」ディオネードは思わず叫んで立ち上がった。「姫!今お助けにあがります!」
「判っている。落ち着け!」ペインは一喝した。「作戦を立ててからだ。・・・配置から見るに、やはり連中は姫をそう重視してはいない。我々を誘い出せさえすれば、役目は終わったようなものだ」
「姫の周りはおそらく地雷か何か、罠が敷かれているであろうな。よし、あそこはまず吾輩が飛び込んでみよう」
「だめです、トロフィーは騎士殿、あなたがお持ちです。あなたこそ、一番守られるべきです。僕に任せて下さい」
「フッ、敵主力に向かう方が危険なはずだ。さらに、吾輩の機は唯一、飛行が可能である。何か食らったとしても、宙に浮いておるなら比較的被害は抑えられるであろう。だがそれで行動不能になった際にも備え、ディオネード君には援護を頼みたい」
「・・・・・・」
「最悪の場合、トロフィーは機ごと自爆してでも処分する。フォーチュンのレムリア騎士を信頼してくれたまえ」
「よし、判った。なら主力の方は、俺が先頭で突っ込んで砲撃の囮になる。俺のマシンは小回りは利くが、攻撃が奴らに通用するかはどうせ怪しい。超雄星は、たぶん壁役のはずのカバリエ四機を、どうにか押さえてくれ。その隙にデカブツを叩くのはアリシア、お前の役目だ」
「任せるアルネ。去年二十機の無差別級バトルロイヤルをやったのに比べたら、あんなザコの四機ぐらい屁でもないネ」
「カンシャするよ、あたしにハナをもたせてくれて。これだけのためにイきてきたんだ。サしちがえてでもやってやるさ!」
<そろそろ相談はまとまったかね?>
急にクレーターの底から、間延びしたスピーカー音が反響しながら襲ってきた。敵各機の銃砲身が一斉にこちらを向いた。
「アイヤ、バレてるアルヨ!」
「ディザスターの望遠スコープやセンサーは優秀だからな。覚悟はしていた」
「これが欲しいのだな?」カガ=リンが立ち上がり、観客なき擂り鉢コロシアムに向け、トロフィーを堂々と掲げた。
<結構、大変結構・・・んふふ>
スピーカーかクレーターの反響のせいかも知れなかったが、同時に複数の、微妙に波長の違う音が混ざってうなりが生じているような奇妙な声だった。
「やっぱり、ムカシよりもっとキモチわるいコエだよ!ハきケがする!」
「アビスだな。アビスの副作用にやられてる。奴はもう、半ば人外だ・・・」
「行きましょう」
五人は弾かれたようにコクピットに駆け戻った。
「半ば人外、か・・・あぁそう言えば、実はレムリア騎士とは申せども、吾輩は半分、地球人類ではないのだ。無事に帰ったならひとつ、昔話でも興ずるとしようか」
「ナニよキュウに・・・やめてよね。オオボラふきはヒトリでジュウブンだよ」
「え、それはもしやワタシアルカ?ワタシはいつだあーって表裏なきこと、関帝もかくのごとしアルヨ?」
彼らは手際良くエンジンに火を入れ直しながら、緊張を緩めるかのように言葉を交わした。電磁バルブの頼もしい作動音の一オクターブ上に、AL粒子エンジンの快調な歌声が重なる。
五機のガーディアンは次々に立ち上がった。
カガ=リン機は防御フィールドを下方に放った反発力で浮き上がり、ロケットブースターに点火して空中を疾駆した。あとの四機はすでに、外輪山内側の急斜面を半ば転落するように駆け下っていた。
「ふふふふ・・・早速かかったね」
グリムチェーキの顔は、何か生き物が這っているかのように盛り上がりながら痙攣していた。望遠スコープはすでにアリシアたちの居る辺りに狙いが定まっており、射撃管制コンピュータによる何十種の補正計算も一瞬で終わっていた。
「子猫ちゃあん、こんな砂漠で日焼けさせちゃって悪かったねぇ。もう、すぐにカタがつくからねぇ」
グリムチェーキは無造作にトリガーを引いた。
砲身長六十フィートに及ぶ両肩の八十口径九インチ砲が、砲弾同士の衝撃波で互いに軌道が狂うのを避けるため〇・一秒ほどの差を置いて、大地を揺るがした。艦砲サイズの巨砲の反動に逆らうため、グリムチェーキ機は自動的に最低ギアで急バックした。
ペインも指摘した通り、ロケット砲弾を使わなくとも射程二十マイルを軽く超すこの砲は、直径一マイルのクレーターでは無用の長物とも思われた。砲弾は一秒足らずで外輪山に命中し炸裂したが、カガ=リン機以外の四機は危うくも、すでに着弾地点を通過済みだった。
だが二発の砲弾は、外輪山の内壁を粉砕した。連鎖する巨岩の雪崩が、頭上から四機に襲いかかった。
先頭を走っていたペイン機だけはクレーターの底面に逃げ切れたが、あとの三機は瓦礫と砂嵐の中に呑み込まれた。赤茶けた濃密な煙が晴れる頃、頑強なディオネード機だけが、手ひどく傷つきつつも瓦礫を掻き分けてヨロヨロと這い出した。アリシア機と超雄星機は出て来なかった。
「ライトニングに攻撃を集中するのだァ!」
グリムチェーキは勝ち誇って命じた。四機のカバリエはすでにグリムチェーキ機の前方に展開しつつあったが、走りながらペイン機に向けて機銃を猛射した。
カガ=リン機は対空迎撃を避けるため螺旋軌道を描きつつ、姫の鉄骨に向けて滑空した。
鉄骨を守っているミーレスは機銃を構えてはいるものの、撃ってはこなかった。撃墜は困難と判断し格闘戦を決意したのか、ミーレスは機銃の銃剣モードを発動した。銃口の下に装備されていた高周波ブレードがきっぱりと前進し、高圧電流線のような不穏な唸り音を発した。
「良い心構えだ。ディスティニーとは申せ、敬服する」カガ=リン機は残り百ヤードに迫り、腰の長剣に手をかけつつ、姿勢を垂直に起こして減速を始めた。
その時、地面から無数のロケット弾が噴出した。狙いも何もなく、数を恃みにただ垂直に飛翔する。その櫛の歯に、カガ=リン機はなすすべなく捉えられた。カガ=リンもまさに予想していた事ではあったが、これほどの規模とは思わなかった。
「うおっ!」
カガ=リン機は何発かの直撃に射抜かれ、そのまま軟着地できずに下半身から地面に突っ込んだ。両脚が股関節から折れ、抜きかけていた長剣は空中をくるくると回転していった。地面に手を突いた際、両肘の関節からもパーツが幾つか弾け飛んだ。
「ひひひ!あちらも成功だねぇ・・・宙に浮いていたぶん、普通に走ってたよりはマシだったろうけどねェー、ありゃあもうダメだなァァァー!」
グリムチェーキの興奮は強まっていた。大きな眼鏡の下で、両眼球が不規則にグリグリと踊っていた。その時彼はノーマークであるディオネード機を狙い撃つべきだったはずだが、すでに勝利を確信したのか、それとも体の自由が利かなくなっていたのか。特注の大型機を支えるアビスエンジンの波動は、明らかに彼の心身を蝕んでいた。
無敵の魔剣は、強力であるがゆえに人を惹き寄せ憑依する、呪いの剣でもあったのだ。そしてそいつこそが真に、次元の封印を解放せんと願っている。
「コクピットは吹っ飛ばしちゃあダメだよォー!ゴプラームはそいつが持ってるハズだからねぇー!」グリムチェーキの口から泡が吹きこぼれた。「アビス!アビスの力をもっと!手にするのだァァァ!」
ミーレスの操縦者も歴戦の傭兵だ。専門外とはいえ、ファンタズムの内部構造も概ね把握している。まずは自爆を防ぐため、制御コンピュータかエンジンを止めるべきだった。いや、あの機体状態なら腹部コクピット部分を本体から切断してしまう方が確実か。
ミーレスは動きを止めたカガ=リン機に歩み寄り、慎重に、かつ躊躇なく、銃剣の狙いを鳩尾に定めた。交流電磁石によって毎秒数万往復の微小震動を与えられた超合金の切っ先は、ガーディアンの装甲といえども泥のように貫通するだろう。
ファティマは鉄骨の上から喚き散らしているが、誰の耳にも届くことはない。
ディオネード機は素人の競歩のように必死にドスドスと接近しつつあったが、とても間に合うはずがなかった。ディオネード機も銃火器は持っていない。
ディオネードは奥の手を使う決心をした。
失敗すれば自らの戦闘力も大きく損なわれるが、やむを得ない。ディオネード機の右腕が、いまだ五百ヤード以上も離れたミーレスに向けて振るわれた。同時に、肘から先がロケット噴射により分離した。
鉄拳はグングンと加速した。しかも一度狙われた目標に向けて、噴射を微調整しながら誘導された。ミーレスは命中直前まで、何が起きたのか判らなかった。直径七フィートに及ぶ超音速の鉄拳はミーレスの右腰を粉砕し、ミーレスは激しく回転しながら倒れた。超音速の衝撃波とミーレスが倒れた地震がファティマを揺さぶったが、怪我はなかった。
脇腹を下に横倒しになったミーレスの操縦者はコクピットから脱出したが、前方にはすでに、一足先に脱出したカガ=リンが短機関銃を抱えて仁王立ちしていた。
「無益な殺生は望まぬ。降伏されよ」
しかしミーレスの操縦者は拳銃を抜こうとした。ディスティニー構成員は捕まればどうせ処刑されるか、味方の口封じ部隊に狙われるだけだ。
中途半端に距離があったため、カガ=リンは安全の為に発砲せざるを得なかった。四、五発が命中して、そいつはもんどり打った。
<お待たせして申し訳ございません。大事ございませんでしたか>
追い付いたディオネード機は右腕を回収しつつ、ファティマの鉄骨をゆっくりと根元から折り曲げ、姫を地面に近づけた。ディオネード機が乱暴にひっこ抜けば、危険なほどのGがかかってしまう。最悪の場合、地下にまだ罠がないとも限らない。
「ディオネード君!あとは任せろ。ペイン君の支援に往くのだ」カガ=リンはファティマに駆け寄りながら叫んだ。
<判っています。よろしくお願いします>ディオネード機はくるりと振り向いた。
ペインはみごとな機動で、カバリエ部隊の猛射をことごとく潜り抜けていた。ただでさえ装甲を犠牲に機動力を追及したライトニングに対し、五倍の身長があるカバリエが狙い辛いのは確かであったが、その代わり一発でも当たれば、即座に挽肉になるだろう。
「ペイン!聞こえるアルカ!」通信機から頼もしいダミ声がした。
「生きていたか」
「二人とも大丈夫アル。マシンもまだまだいけるアル。うまい具合に、ディオネードのお化け豆腐が後ろにいてくれたからネ。ペイン、連中をなるたけこっちに誘いこめるアルカ?」
「やってみよう」
ペインはわざと機体を横転させかけて急激な横滑りをかけた。一瞬前まで居たところを機関砲弾のシャワーが通過する。
ペイン機はカバリエ部隊ではなく、彼らの隙間から、あえて遠方のグリムチェーキ機を狙い撃った。二・五インチショットガン程度では効果がないのは承知の上だが、グリムチェーキの盾であるカバリエ部隊は、一層躍起になってペイン機を追い回した。
ペイン機は縦横に駆け回りながらも、じわじわと崩落地点に向けて後退していった。
「よしペイン、横にどくアル!」
掘削ドリルの作動音が急に全開して、瓦礫の山から超雄星機が突き抜けてきた。
「エネルギーを大食らいする秘奥技ネ!受けてみるヨロシ、彗星ランサー!」
彼らしいネーミングセンスだったが、威力はあった。超雄星機は竜巻のように高速旋回しながら全身のドリルを総動員し、不用意に接近していたカバリエ部隊に壮絶な斬り込みをかけた。体当たりが敵機を弾き飛ばし、距離を取ろうとすれば伸縮可能なドリルアームが不意を突く。回転する円錐形のボディに撃ち込まれた弾は、ほとんどが滑って反射した。
ペイン機は乱戦の横をすり抜けてグリムチェーキ機に突進し、超雄星機の穴から這い出てきたアリシア機も続いた。
アリシア機唯一の武器である槍は瓦礫に埋もれてしまっていたが、それでも拳でグリムチェーキ機のコクピットを粉砕してしまえばカタが付く。
ところが弾き飛ばされたカガ=リン機の長剣が、アリシアの前方で地面に突き立っていた。
「ありがたい。かりるよ!」
アリシア機は、疾駆しながら長剣を引き抜いた。
<えぇい・・・使えぬ奴らだァァァ・・・!まとめて死ねィ・・・!>
ついさっきまで全滅寸前だったはずのチームナンバー十三が、なぜか三機も突っ込んでくる。カバリエ部隊は超雄星に翻弄されている。そしてディザスターは接近戦が苦手だ。
もはや一刻の猶予もないと決断したグリムチェーキは、後退しながら多弾頭ロケットを見境なしに乱射した。
グリムチェーキ機の前方に扇形に飛んだ十二発の大型ロケット弾が、空中で分裂する。数十倍の数のナパーム弾が容赦なく降り注ぎ、赤黒い爆炎がそこら中でめくれ上がった。
運悪く多数の弾が集中した超雄星機とカバリエ部隊は、たちまち業火の中に放り込まれた。ディオネード機は至近弾を受けて転倒した。ペイン機とアリシア機は、危うく被害範囲から逃れた。
「超雄星!聞こえるか、返事をしろ」ペインは呼びかけた。「生きていたら酸素マスクを付けろ!ナパームだ、窒息するぞ」
しかしペイン機にも、今度はグリムチェーキ機から大型機関砲の掃射が来た。ペインは慌てて距離を離しつつ、回避に専念せざるを得なかった。
代わりにその隙を突いて、アリシア機が側面から突入した。
「グリムチェーキ!こんどこそカクゴしろッ!」
アリシア機は半ば体当たりざま、空中で振りかぶった長剣をグリムチェーキ機の半人型砲塔に叩きつけた。レムリアの魂とも言える十三フィートの特殊合金の刃は、両断せずともコクピットを叩き潰すのに充分だ。
灰色の爆風が四散した。派手な爆発が起こった。アリシア機は身長の数倍も吹き飛ばされ、あちこちの装甲や構造材が砕け散った。
「ああっ、相打ち!?」
「違う・・・!爆発するにしても早過ぎる。リアクティブアーマーだ!」
濃密な煙の中から、いびつに変形してはいるが姿勢を保ったグリムチェーキ機が再び、ゆらりと影を現した。
あらかじめ機体表面に指向性爆薬を仕掛け、受けた打撃を弾き返す仕掛けだ。一部のディザスター級ガーディアンだけでなく、通常の戦車にもしばしば装備される。当然ながら一度使ってしまえばそれまでだが、グリムチェーキ機はすでに、至近距離で昏倒しているがごときアリシア機に大型機関砲を向けていた。
ファティマは、守られるだけの王女だの女だのはごめんだった。カガ=リンが呆然とするのを尻目に、死んだパイロットの操縦ヘルメットを奪い取り、横倒しになったミーレスのコクピットに敢然と踏み込んだ。
全身から煙を吐いているし、このミーレスはもう立ち上がれまい。だが動力は生きたままのようだ。モニターの映像も明瞭である。それと思しき操縦桿をひねり上げると、ミーレスの右腕が、機銃をグリムチェーキ機の方に向けて持ち上げた。
ガーディアンは通常、複雑極まる機体制御を高性能コンピュータと、“リンケージ適性”と呼ばれる特殊なタイプの脳波伝達とに依存する。しかしミーレスは機能を絞った廉価量産機である代わりに、操縦法はガーディアンの中でも単純明快であり、あえてこれを好むパイロットさえ少なくない。極端な話、ただ歩かせる程度ならリンケージ適性のない一般人でも可能だ。
偶然ながらファティマも一応は適性者であるが、操縦教育は何ら受けていない。しかし味方はペイン機以外、大なり小なり損傷し、対してやっつけた敵はまだこの一機だけだった。そしてグリムチェーキ機は多弾頭ロケットを猛射している。あの胡散臭い男を信用した、自分の責任だ。
「姫。お待ち下さい」カガ=リンは、開け放たれたコクピットハッチの外から声をかけた。
「止めないで」ファティマはぴしゃりと拒絶した。
「いえ・・・照準が明らかに狂っております」カガ=リンは機銃の後方に立って、銃身の目指す先を睨んでいた。
話の判るレムリア騎士にファティマは意表を突かれたが、気を取り直してモニターを覗きこんだ。
「ちゃんと十字線の真ん中に合っているようですわよ」
「ならばおそらく、銃側の照準スコープが歪んでいるものと思われます。モニターに角度コンパスは表示されておりますか」
「あぁ・・・たぶんこれね」
「角度にして三度ほど、右にお動かし下さいますよう」
ファティマは内心緊張しながらも、モニターの目盛りを追いつつ操縦桿を動かした。
「結構でございます。次は下に一度・・・否、〇・三度ほど行き過ぎました」
カガ=リンの誘導に合わせ、ファティマは照準を微調整する。
「そも精密な照準は不可能と愚考いたしますが、牽制程度にはなりましょう。ただし、最初は数発のみ発射の上、様子をご覧になるべきにございます。味方に当たらぬとも限りませぬゆえ・・・あっ、アリシアが接近しおったか・・・」
そのときドン、とグリムチェーキ機が爆発し、ビリビリと空気の振動が伝わってきた。アリシア機は弾き飛ばされた。グリムチェーキ機はまだ健在だ。
「撃ちます!」
カガ=リンの返事も待たず、ファティマは果断にトリガーを引いた。
ガン、とグリムチェーキ機の後端を軽い衝撃がかすめた。
二、三秒置いて、より正確な斉射が飛んできた。装甲の頑強さから致命傷には至らなかったが、グリムチェーキ機はすでに戦闘力を失ったアリシア機を放置して、射撃の出所に機関砲を向け直した。
その隙が失敗となった。至近距離まで急接近してきたペイン機が、ショットガンで機関砲を粉砕してしまった。ペインは空になった弾倉を捨てたが、もう予備散弾はなかった。代わりに、一個だけ用意してあったグレネード弾の弾倉を押し込んだ。
だが、これを使える間合いにはなかった。グリムチェーキ機は急発進して、逃げるペイン機を轢こうと試みていたのだ。さらにまったく同時に人型砲塔をよじって、九インチ砲をファティマのミーレスに向けた。性能以前に、単座式機では操縦者が一人という関係上、通常これほどの器用な同時並行操作は難しいはずだった。
ファティマのミーレスは弾倉を撃ち尽くし、自動的にリロード挙動を取ろうとしていたが、今の機体状況でまともにこなせるはずもなかった。左手はあらぬ空中をまさぐっていた。そもそも、カガ=リンがファティマをコクピットから引き摺り出そうとしていた。
「充分です、退避を!反撃が来ます」
「いいえ、まだまだ・・・!」
カガ=リンは抵抗するファティマを半ば担ぎ上げながら走った。最初の斉射は横臥するミーレスの頭上を飛び越えて行ったが、およそ十秒後、次発の九インチ砲弾が直撃して、ミーレスは木っ端微塵になった。二人はどうにかカガ=リン機の陰に飛びこんで爆風をやり過ごした。
グリムチェーキ機のキャタピラの方も、九インチ砲の反動にふらつきはしながら、的確にペイン機を追ってきた。だがカバリエ部隊の残骸付近を通りかかった時、地中から伸びたドリルアームが片側の覆帯を殴りつけ、ドリルアームは折れたが覆帯も割れた。グリムチェーキ機は機動手段を失い、擱座した。
「まーた地中に潜って助かったネ!でももう動けないヨ!とどめは頼むヨ!」
焼け爛れた土と残骸に半身埋もれた超雄星機は、自らもほぼそれに近い状態だった。
なおも九インチ砲を振り回そうとしたグリムチェーキ機に、ディオネード機が追い付いた。小型ビルのようなディオネード機の脚がボンネットを叩きつけるように踏みつけ、もうリアクティブアーマーのない車体を大きくへこませた。潰された甲虫のように、亀裂からラジエターのエチレングリコール液がこぼれ出た。ディオネード機の両腕は、それぞれ九インチ砲身をギシギシとねじ曲げた。
<あれだけの罠を撒いて、アビスの力にまで頼り、それで六対五なら、充分有利だと思ったかもしれない>ディオネードはモニター越しにグリムチェーキ機を睨みつけた。<ところが、そうじゃなかった。あんたはしょせん、一人だったんだ。アビスだって、あんたの味方なんかじゃない。もう無駄な抵抗はやめるんだ!>
それでも足掻くのをやめないグリムチェーキ機は、空転するエンジンがオーバーヒートを起こし、オイルが燃え始めた。
「まずい」ペイン機は、残骸から腕一本で這い出ようとする超雄星機を押して手伝った。子犬が怪我人を動かそうとするような質量差だったが、少しでも距離を離さなければならない。
「超雄星・・・ディオネードもだ、脱出しろ。アリシア、聞こえているか」
「ダメダメ!こいつがオシャカになったらどっちみちオマンマの食い上げネ。確かにもう半分オシャカだけど、大事な相棒アル!」
「今、操縦桿を離すわけには行きません!こいつが地獄に落ちた先まで見届けてやるだけです!」
炎がグリムチェーキ機の全体に燃え広がった。ディオネード機も半身が炎に焙られた。
ウォォォォォ、と野太い風の唸りのような音がして、グリムチェーキ機のコクピットハッチが落ちた。
コクピット内は叩き潰されていた。グリムチェーキは、アリシアの一撃ですでに絶命していたのだ。眼鏡は無数のひび割れで濁り、顔面全体は血とも、炎の照り返しともつかない赤色で塗りこめられていた。だがその皮膚の下にはいまだ筋状の何かがうごめいており、粉砕されているはずの手足は、動かぬ操縦桿やペダルを無理強いし続けている。
そのコクピット内から何か黒い奔流が渦を巻いて流れ出し、ディオネード機の脇をすり抜けて、カガ=リンと彼のマシン、それにファティマの方に伸びて行った。
「!?トロフィーだ!」
「姫!」
ディオネード機はグリムチェーキ機を放り出して駆け出した。「我が守護神よ!奇跡を!」ディオネードは無意識に叫んでいた。
ディオネード機を光が包んだ。
時速五十マイル出ていても人が歩くようでしかなかったガーディアンが、豹のように駆け出した。そして跳んだ。ディオネードは強烈なGに意識を失いかけた。黒い奔流をたちまち追い抜き、光る背中がせき止める。圧力は予想外に巨大だった。軋むディオネード機の陰で、カガ=リン機のコクピットに潜り込もうとしていたカガ=リンとファティマは、弾ける閃光に目が眩んだ。
「ペイ・・・ン!」ペイン機の通信機には、切れ切れなアリシアの声が入った。アリシア自身もまだ衝撃から立ち直っていない上に、通信機も壊れかけているようだった。「・・・れはアビス・・・!だからア・・・エンジンを!」
ペインは我に返り、燃え上がるグリムチェーキ機にグレネード弾を撃ち込んだ。
炎の中で小さな爆発が起こった瞬間、大地を揺るがす大爆発が続いた。グリムチェーキ機は、巨大なシャーシが数フィートも宙に浮いたかに見えた。人型砲塔は真っ二つに裂け、押し曲げられていた九インチ砲身は不規則な軌道で上空に放り上げられた。
ペイン機は対応する間もなく衝撃波に襲われ、轍を刻んで数十ヤード引き摺られた。砂嵐がカメラの防弾レンズをガリガリと削った。
ディオネード機は、主人が操作する前から勝手に四つん這いに縮こまり、両掌でカガ=リン機のコクピットを守った。元々満身創痍の上、巨大な風圧側断面積を持つディオネード機はズタズタに切り刻まれ、焼かれたが、断固として動くことはなかった。
[error:0650] TRPGノベライズ/メタリックガーディアン「砂漠を駆ける疾風」(第二章)
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【第二章 レース】
レース当日がやってきた。
この砂漠の王国の基準でも、特に暑い日だった。このためだけに首都の外れの砂漠に王国の威信をかけて建造された、一周三マイル、トラック幅百三十五ヤードの怪物コロシアムは、宿を取れなかった連中のテント村に包囲されていた。革命の現場かとさえ思われた。どこまで本当なのか、百万人目の入場者が高級車を贈られる様子が電光スクリーンに映された。会場内外の露店では、砂漠では高価な果物や清涼飲料水が飛ぶように売れた。貴賓席の国王と長男は、それぞれ別の意味で御満悦だった。
バックストレッチには三つの障害物が用意されていた。
まずは、ひと山の高さ二十フィートから四十フィートの丘陵地帯が三百ヤードに渡って続く。ここは脚の長い大型機が有利である。
次に高さ五十フィート、奥行き百五十ヤードほどの、頑強な鉄筋コンクリートの箱がコースを塞いでいる。ただし、隅の方に高さ二十フィートのトンネルが開いている。ライトニングのような小型機はトンネルを通る事ができ、大型機は天井を越えて行くことも可能だが、どっちつかずの中型機には難関となる。
最後に、奥行き二百ヤードほどの泥水のプールがある。水深は二十フィートあまりで、中小型機では防水装備か浮航装備がないと沈没するか、そうでなくとも膝上まで埋もれてしまえば脚の自由が利かず、相当に難儀するだろう。ただし中央に幅十フィートほどの通路がある。これは逆に、大型機が渡る事は困難だろう。
全体として大型機が有利なように見えるが、大型機は絶対数が少なかった。そして一機だけがゴールしてもチームの勝利にはならない。チームの全機がゴールした時点で、そのチームのゴールとみなされる。
機種によっては、これらの障害は突破不能な場合がある。救済策としてコース外側に迂回路があるが、相当な遠回りとなるのは間違いない。迂回路以外のコースアウトは失格である。他チームを故意に妨害しても構わない。
午後のメインイベントまでホームストレッチだけを使用して、前座のラクダレースやサッカー試合が催された。もっとも炎天下の砂地で行うサッカーは、コメディショーかと思うほど選手たちがバタバタ倒れたが。
そしてガーディアン云々を一切抜きにしても、当然ながら警備の手は全く足りていなかった。チケットなしで忍びこむ連中も相当数に及んだが、まさかその中にファティマ姫が含まれていようとは、誰も予想しなかった。そしてそれに気付く者が居たことも。いや、案外ファティマを手引きしたのはそいつかも知れなかった。
突如、盛大なファンファーレとともにスタート地点脇の地面が開いて、各チームが順次、地中から大型エレベーターで現れた。観客の熱狂は、分厚い合金の装甲でも防ぎきれずコクピット内に直接聞こえうるほどとなった。
超雄星はチームナンバー十三の面々をそれなりに勝つ気にさせるよう、逆効果なほど過剰な、雰囲気作りの努力を尽くしてきた。だがそれよりもはるかに効いたのは、グリムチェーキのチームナンバー四が本気らしいという情報だった。ナンバー四の拠点は夜中でも照明が切れることがなく、優勝してもモトが取れないのではないかと思われるほど、チューンパーツ屋が頻繁に出入りした。
そればかりか、下馬評で最有力とされていたチームナンバー一が試合三日前になって謎の棄権に及んだことは、巨大な疑惑を呼んだ。確たる証拠はなかったが、フォーチュン情報部は秘密裏に、チームナンバー四による買収または脅迫の存在をカガ=リンに示唆した。カガ=リンは緘口令を敷いた上で、彼らがそこまで優勝したがる理由について、調査続行を指示した。
チームナンバー十三には、専門のメカニックチームも資本もなかった。レース用に大がかりな装甲やパーツの換装どころか、過剰な練習で機体を磨耗させるわけにもいかなかった。できることはせいぜい装備品の取捨選択と、コース見取図を囲んでああでもないこうでもないと作戦を練るぐらいしかなかった。しかもペインらは基本的に、本来の警備任務にかかりきりになっている。
だが少なくともチームナンバー四だけは勝たせてはまずそうだという認識だけは、メンバー間で共有されつつあった。
試合当日、彼らは各チームから提出された最終メンバー表に基づく確定版の“競馬新聞”をチェックした。チームナンバー七のひとりが顔の下半分を鉄板と包帯でグルグル巻きにしながら、ただでさえ悪い目付きを一層憎悪に歪ませている取材写真を見て、超雄星は噴き出した。ところがアリシアは、チームナンバー四の出走機種がおかしいと指摘した。
アリシアによると、グリムチェーキは重戦車型ガーディアンであるディザスター級の乗り手で、グリムチェーキの子分らのうち一人は中型の廉価普及機であるミーレス級、あとの四人はミーレス級の上位モデルであるカバリエ級を使うはずだった。だが“競馬新聞”に載っている写真とスペック表は五機とも、ミーレス級がベースと思われるカスタム機だ。ミーレス級は比較的誰にでも操縦し易いとされるタイプだが、傭兵が専門外の機種を使うことは、いくらレース専用に特別に用意したマシンだとしても考えにくかった。
メンバーたちが首を捻りつつも、出走者の集合を求める放送が流されたところに、フォーチュンの伝令が現れた。電話や無線を使わずに生身の伝令を寄越す事自体、機密性の高い情報である証拠だが、今回は極めつけだった。例えば会場に爆破予告が届いた、ごときの話ではなかった。
優勝トロフィーに埋め込まれている王家秘蔵の大宝玉ゴプラームが、世界最高品質クラスの“アビスシード”だと判明したのだ。
アビスシードは、アビスエネルギーを直接取り出すべく、異次元アビス空間への通路“アビスゲート”を開くための鍵だ。エネルギーの形で人体に宿る場合も多いが、単体で物質の形態を取る場合は特定の組成と格子欠陥を備えた鉱物結晶の類いが一般的で、ゴプラームもその典型例である。
そしてフォーチュン技術部の見たところ、ゴプラームの品質で全力を発揮させれば、どれほど巨大なアビスゲートが作れるか見当も付かないという。最悪の場合、このシャリフ王国ぐらいは丸ごと呑みこまれてしまうかも知れないし、地殻が物理的に粉砕されるおそれさえあった。スポンサーであるラーフ帝国がそれを好ましいと考えるかはともかく、ディスティニーの自爆テロリストたちにはさぞ甘い誘惑だろう。
フォーチュン本部は、ただちに大会の中止またはトロフィーの差し替え、およびゴプラーム実物の差し押さえを、運営委員会に強く要求する決定を下した。だがトラック地下の格納庫ではすでに最初のチームナンバー二がエレベーターに搭乗しつつあり、国王はホームストレッチ横の演壇に移動して、その危険極まるトロフィーを誇らしげに見せびらかしていた。
「どうやら我々は本当に、何としても優勝せねばならなくなってしまった」カガ=リンは、怪しまれないようにありがちな円陣を組むと、小声でメンバーに語りかけた。「ナンバー四は論外として、それ以外のチームも、爾後まで絶対安心とは言い切れん。今のところ、吾輩が信頼できるのは諸君だけだ。すまないが、ここは力を貸してくれたまえ・・・」
「水臭いネ。だいたい、ワタシの頭には初めから『冠娉(優勝)』の二文字しかないアル。ちなみに、トロフィーはフォーチュンにあげてもいいけど賞金はバッチリもらうネ!」
「まずはグリムチェーキよりトロフィーってわけかい。まぁ、いざとなれば、チカラづくででもウバいとるまでさ」
「大きな声では言えないが、しょせん、国王の遊びのはずだった・・・こんな危険なゲームになるとはな」
「とんだことになりましたが、未熟ながら全力を尽くします。地球市民として、命を賭けるに値する事態です」
チームナンバー十三は、掌を集めて気合いを入れた。それは運営スタッフからも他チームからも、ありふれた微笑ましい儀式に見えた。
彼らが最後にエレベーターで地上に上がって、十二チーム六十機のガーディアンが勢揃いした。観衆は喜んでいたが、この国の旧式な通常兵力だけなら軽く撃破できかねない戦力なだけに、軍高官などは気を揉んだ。
装甲の上から申し訳程度にゼッケン十三が巻き付いただけの共通点しかない、不揃いな機体の集団は、誘導員の手旗に従ってスタート地点に向かった。一番大きい百二十フィートのディオネード機と、一番小さい十二フィートのペイン機では、身長に十倍の格差がある。五十五フィートの超雄星機は、のっぺりした石像のようなディオネード機以上に奇抜なデザインであり、二十七フィートのカガ=リン機とアリシア機は、レムリア製の派手な装飾が付いた甲冑姿だった。
カガ=リン機はファンタズム級と呼ばれる、軽量な機体に強力な防御フィールド発生装置を備えた、俊足かつ堅固な突撃戦仕様機だ。ただし自らの防御フィールドが邪魔になるがゆえに、遠距離射撃戦は得意ではない。飛行モードも備わっているが、レースでは使用禁止となっている。
ファンタズム級はレムリア人が好んで乗るタイプであり、アリシアもかつては新鋭機を使っていたが、それはあの忌まわしい戦いでスクラップになってしまった。その後、アリシアは別の戦場跡でどうにか修理可能な中古を拾い当てたが、カガ=リン機より旧型でやや鈍重、飛行能力もない。武器も半ば廃品の鉄パイプのごとき、長さ四十フィートの槍を抱えているのみだった。
カガ=リン機は、本体同様にくどい装飾が刻まれた、刃渡り十三フィートの特殊合金の長剣を腰に提げている。任務によっては銃器を使用する場合もあるが、今回は最低限の妨害対策を講じつつも軽快性を重視する必要上、銃火器はペイン機のショットガンだけと決めていた。ディオネード機と超雄星機は、もとよりその身ひとつで戦う機体だ。
スタート配置は、横幅百三十五ヤードに三チームずつが四列で並べられた。チームナンバー十三は、昨日の抽選会で運良く最前列外側を引き当てていた。隣がチームナンバー三、さらに内側がゴロツキどものチームナンバー七だ。チームナンバー四は最後尾だったが、抽選所にも来なかったグリムチェーキが歯噛みしたか、それとも余裕の表情だったかは、藪の中だ。
だがそれでもなお、チームナンバー十三はぶっちぎりの不人気だった。メンバーも機体も、実力未知数とはいえ全くの寄せ集めであることは間違いなく、これといったレース用チューンさえされている様子がない。名目上リーダーである超雄星機からして、全身ドリルだらけの短足クラッシャー機という、冗談としか思えない代物であった。電光掲示板は、チームナンバー十三の単勝オッズが五百倍を超えていると、ぶっきらぼうに告げていた。
熱い砂地のトラックと、密集した六十機のガーディアンが満を持して吐き出すエンジン排熱は、コップの水にガムシロップを落としたような、猛烈な陽炎を招いていた。射撃の照準はアテにならないかも知れない。
だとすれば、最初から先頭を逃げる最前列チームには幾らか有利だ。これだけの機数なら、少なくとも第一コーナーを回るまでは、密集度がかなり高くなる。従って先行逃げ切りが有利になる一方、二列目以降のチームはそれを阻止するため、いきなり背後から容赦なく一斉射撃を浴びせてくるだろう。
信号ランプが動き始めた。あれほどの騒音を立てていた観衆は一気に静まり返った。
代わりに、低緯度の陽射しが発する音が聞こえてくるかのようであった。
信号がゴーサインに至った。合計何十万馬力もの鉄の猛馬たちが、くびきを解かれた。激しい楽曲の途中に不意に仕組まれたひとつの休符が過ぎ去ったかのように、時間は再び動き出した。
まずスタートと同時に策を仕掛けるのは、ペインの役目だった。ペイン機は肩に三筒装備された煙幕弾を前方に射出し、すぐに自らそれを追い抜いた。
最前列の三チームはいずれも発火前に通過したが、後方チームの一部は短時間ながら四塩化チタンの白い闇に呑みこまれ、混乱した。ペイン機はさらに後方に向けてショットガンを乱射し、威嚇した。減装薬では威力は期待できないが、雲の中で何機かが衝突した。
雲の向こうからも猛烈な応射があったが、ほとんどは見当違いの方向に散って行った。スタンドにも相当数が飛び込んだはずだが、退廃的な大観衆の大勢には何ら影響はなかった。初めからそれも覚悟の上、いやむしろ楽しんでいるのだ。
三チーム十五機はそれを尻目に、第一コーナー内側に向け殺到した。
奇妙な光景だった。ペイン機は足裏の車輪で、熱砂を蹴散らして驀進している。超雄星機も意外な事に、砂を苦にせずホバー走行で優雅に滑走していた。カガ=リン機とアリシア機は外見上、人間が小走りしている程度の様子に見える。ディオネード機は完全に歩いているとしか言えない歩調だ。だが全機とも、実際の速度はほぼ時速五十マイルで同等なのだ。それが彼らそれぞれの全力疾走であり、どこの設計者も共通して、戦場で最低限必要と考えたレベルということでもあった。
「まずは作戦通り、一歩抜けられましたね」
「短足と侮ってもらっては困るネ。フットワークが悪けりゃ、クラッシャーマッチなんて務まらんアルヨ。出場者自身の投票が禁止じゃなきゃ、借金してでもワタシたちの券、買いまくってたネ」
「さて、次は・・・」
全体的にチームナンバー三が先行していたが、うちディザスター級の一機はやや遅れ気味だった。支援用の自走砲と言えるこの機体は本来ならかなり鈍重であったが、余分な武装を外しチューンすれば、充分にレースに耐えるものではあった。ただ方向転換を片キャタピラの減速でしかやれない構造上、カーブではさすがに不利となる。
チームナンバー七は、全機が機敏なライトニング級だった。十五フィートほどの鉄パイプを携えた一機がディザスターの横に並び、鉄パイプをキャタピラに噛ませた。不快極まる軋み音と火花が激しく散って、キャタピラが転輪から外れ、ディザスターは急ターンしてトラック外に飛び出した。
コースアウトしたディザスターは失格、そして全機のゴールが不可能となったために、チームナンバー三全体も失格だ。観客の一部は早くも絶望の嘆きを上げたが、残りの大部分は一層興奮した。
勢いに乗ったチームナンバー七は、続いてチームナンバー十三に接近してきた。アリシア機が槍で牽制した。カガ=リン機は足を止めようと投げられた分銅付きの鎖を、剣で叩き落とした。
カーブを抜けてバックストレッチが近づき、第一の障害である丘陵地帯が見えてきた。「チッ・・・」
高さ数十フィートの築山を、ディオネード機は悠然とまたいで行った。他の四機は敢えて、あらかじめ解析したルートに沿って谷筋を進んだ。
チームナンバー七は、勇猛に尾根筋を突進しては頂上でジャンプした。彼らは谷に見え隠れして狙いにくいチームナンバー十三を襲うべきかどうか悩みつつ、結局は前進を優先した。むろんディオネード機だけは丸見えであったが、明らかに機体サイズが違い過ぎて攻撃は非効率だった。
だが、これで丘陵地帯を抜けるという位置で、ジャンプ中だったチームナンバー七のうち一機が集中射撃を浴びた。撃破には至らなかったが、そいつは着地に失敗し、派手に地面に叩きつけられた。
予想よりずっと早く、チームナンバー四が追いすがって来ていた。
彼らは彼らでディオネード機よりも、先頭を突っ走るチームナンバー七を優先的に妨害したのだ。
一機でもゴールできなければ全体の負けになるのは、すでにチームナンバー七が自ら実演済みだ。他の四機は慌てて引き返し、折れた脚で立ち上がろうとしている一機を引き摺っていこうとしていた。チームナンバー四と七は、真っ向から銃撃戦に突入した。
「ペイン、どさくさ紛れにゴロツキどもに二、三発お見舞いしてやったらどうアル?」
「よりによってグリムチェーキに加勢しろと?」
「左様、潰し合わせておくのが賢明であろうな。その隙に前進だ」
しかしチームナンバー七のほうが機体が小型で武器が貧弱なうえ、下手に丘陵地帯を抜けてしまったため、遮蔽物もなかった。射撃の腕も違った。チームナンバー四が明らかに優勢であった。
とうとうチームナンバー七の一機が追い付かれ、すでにボコボコにへこんだ機体をコース外へ蹴り飛ばされた時には、ディオネード機は次のトンネルに接近しつつあった。他の四機も、とうに丘陵地帯を抜けてかなり進んでいた。
撃つには少々距離が離れている。そしてチームナンバー四は、全機身長六十フィートという中途半端な機体サイズの都合上、ここは迂回路を使うと決めていた。
だがチームナンバー十三とて、ペイン機とディオネード機以外はトンネルで難儀するはずである。なのに彼らは迂回路になど脇目も振らず、真っ直ぐトンネルに突っ込みつつある。チームナンバー四は少々不思議に思いつつも、一糸乱れず迂回路をグングンと進んで行った。
ディオネード機が、トンネルまであと三十ヤードほどに達した。
するとディオネードは何を思ったか、急に両足を揃え、これまでの慣性を利用して機を前方に転倒させた。
だが地面に激突する寸前に両手を突き出し、腕立て伏せのような体勢で静止した。
「肩が少し高い。腰もだ」
「はい」
斜め後方から突っ込んでくるペインが指示し、ディオネード機は少しだけ関節を曲げて調整した。ペインは機体をよじって方向転換し、側方のトンネルに突入していった。
そして残りの三機がディオネード機に追突すると思われた時、三機は三十度弱の斜面となったディオネード機の背面を、猛然と駆け上がった。
チームナンバー四も含め、会場の誰もが驚愕した。
「いやっほお!」
「成功だ!呆れた作戦であったが、試して見るものだな」
「狙い通り、豆腐のヘンな四角さが役に立ったネ!OKアル、王子!」
「その王子ってのはやめて下さいと言ったでしょう」
三機が天井の上へ消えて行くのを見届けると、ディオネード機も天井へよじ登った。
圧倒的リードを得たチームナンバー十三は、最後の泥プールも難なくこなした。
ペイン機は順当に中央通路を駆け抜け、超雄星機は水面など意に介さずホバーで強行突破した。カガ=リン機は器用に幅跳びと空中姿勢制御を繰り返して、やはり通路を短時間に通過した。アリシア機は綱渡りよろしく、槍を天秤棒のように担いで回転モーメントを稼ぎ、バランスを取りながら走った。そして最後に追い付いてきたディオネード機は、膝下までしかない泥沼を平然と押し渡った。
トンネル迂回路を必死で走ったチームナンバー四も、他のどのチームも、もはや彼らに追い付くことは叶わなかった。
「只今の、メインレースの結果、は・・・一着、チームナンバー十三、タイム四分五十八秒三三。二着、チームナンバー四、タイム五分六秒四八。三着、チームナンバー九、タイム五分九秒一七・・・当選となります投票、は、単勝十三番、倍率五百三十六・八倍。複勝四-九-十三、倍率四十九・五倍・・・」
勝者を祝う紙吹雪代わりに、膨大な“外れ馬券”がスタンドを舞った。
超雄星はマシンを急停止させて降りるや否や、バンザイの姿勢で国王の表彰台に向け突撃した。その勢いに衛兵が身構えるのを見て、ディオネードは慌てて落ち着けと叫んだ。
他の三人はトロフィーよりも、周囲を落ち着きなく観察していた。どこかで待機していて、手下どもの“正攻法”の失敗を確認したグリムチェーキが何か仕掛けるとすれば、油断の多いこのタイミングだろうからだ。
狙撃か?爆破か?まさか、温存したガーディアンで強行突入してくるとは思えないが・・・?
だが結局、表彰式は何事もなく終了した。
大仰に泣き笑いながら、ついには遥か東洋のクラッシャーマッチの宣伝まで始めた超雄星のテキ屋口上に、初めは予想外の大穴勝利に憤慨していた大多数の観衆もやがて、大声を上げて笑っていた。
場違いなファティマ姫がほとんど誰の関心も惹かなくとも、無理はなかった。
“ファン”から控室に届けられていた贈り物は、全くぞっとしないものだった。
シャリフ王族女性を示す首飾りと、「ティボ・クレーター トロフィー」とだけ書かれたメモ。
「間違いありません。ファティマ姫です」ディオネードは歯噛みした。「ティボ・クレーターは、ここから三十マイルほどの山地にある隕石の落下跡です」
「すまぬ。グリムチェーキに監視はつけておいたのだが、大会の雑踏に紛れて見失っていたそうだ。奴自身は、やはり出走してはいない。単独で行方をくらましておる」カガ=リンは受話器を置いた。「そして今、チームナンバー四の連中も、マシンを放置して消えたそうだ」
ディオネードとアリシアは、要求に応じることを主張した。ペインと超雄星は、王女一人とアビスゲートでは比較にならないとして反対した。
そして、しばし四人の口論を眺めていたカガ=リンは、一人でトロフィーだけを持って来いとは言われていない事と、グリムチェーキをこのままにしておけないという点では全員一致している事を指摘した。
「正直なところ、姫自身にさほどの価値はない。それは連中も同意見であろう。ただ、トロフィーよりは奪い易かったというだけだ」カガ=リンは冷水をひと口飲んだ。「そして連中は、トロフィーを受け取って逃げたとて、我々に追撃される事も承知している。実際ペイン君らが言うておる通り、我々は、場合によっては姫とトロフィーを丸ごと核爆弾で蒸発させてでも、S級アビスシードが連中に渡る事だけは阻止しようとする可能性大だからだ。逆に、我々が全く要求を無視してトロフィーを持ち去ったとしても、新たな脅迫を仕掛けるか、最終的にトロフィーを保持する誰か一人を、向こうから襲撃するのみであろう」
「もとより奴らは取引と言うより、僕たちとここで決着を付けておく気だという事ですね」
「然り。自ら用意した有利な土俵でな」
「まず、罠だらけだろうな。気に入らないな」
「さりとて、当地のフォーチュン支部は小規模だ。ガーディアンは吾輩の一機しかない。王国軍にはもう少しあるが、国境警備などで広範囲に分散している。他の負けチームは、我々の表彰式など眺めておらんで、とうに帰ったな。フォーチュン本部が本格的なトロフィー確保部隊を送って寄越すにも、いまだ数日を要する。守っても有利にはなるまい」
「あたしたちにとってもむしろ、アトでネラわれるのをマつよりは、いまがチャンスってことだね。どのみち、ヤツがそこにいるのなら、あたしはヒトリででもいくけど」
「もうこの国に用はなかったアルが、仕方ないネ。もう一肌脱ぐネ。敗者復活のくせにシード枠とは、全くやってくれるネ」
優勝者たちは格納庫に引き返した。
【第二章 レース】
レース当日がやってきた。
この砂漠の王国の基準でも、特に暑い日だった。このためだけに首都の外れの砂漠に王国の威信をかけて建造された、一周三マイル、トラック幅百三十五ヤードの怪物コロシアムは、宿を取れなかった連中のテント村に包囲されていた。革命の現場かとさえ思われた。どこまで本当なのか、百万人目の入場者が高級車を贈られる様子が電光スクリーンに映された。会場内外の露店では、砂漠では高価な果物や清涼飲料水が飛ぶように売れた。貴賓席の国王と長男は、それぞれ別の意味で御満悦だった。
バックストレッチには三つの障害物が用意されていた。
まずは、ひと山の高さ二十フィートから四十フィートの丘陵地帯が三百ヤードに渡って続く。ここは脚の長い大型機が有利である。
次に高さ五十フィート、奥行き百五十ヤードほどの、頑強な鉄筋コンクリートの箱がコースを塞いでいる。ただし、隅の方に高さ二十フィートのトンネルが開いている。ライトニングのような小型機はトンネルを通る事ができ、大型機は天井を越えて行くことも可能だが、どっちつかずの中型機には難関となる。
最後に、奥行き二百ヤードほどの泥水のプールがある。水深は二十フィートあまりで、中小型機では防水装備か浮航装備がないと沈没するか、そうでなくとも膝上まで埋もれてしまえば脚の自由が利かず、相当に難儀するだろう。ただし中央に幅十フィートほどの通路がある。これは逆に、大型機が渡る事は困難だろう。
全体として大型機が有利なように見えるが、大型機は絶対数が少なかった。そして一機だけがゴールしてもチームの勝利にはならない。チームの全機がゴールした時点で、そのチームのゴールとみなされる。
機種によっては、これらの障害は突破不能な場合がある。救済策としてコース外側に迂回路があるが、相当な遠回りとなるのは間違いない。迂回路以外のコースアウトは失格である。他チームを故意に妨害しても構わない。
午後のメインイベントまでホームストレッチだけを使用して、前座のラクダレースやサッカー試合が催された。もっとも炎天下の砂地で行うサッカーは、コメディショーかと思うほど選手たちがバタバタ倒れたが。
そしてガーディアン云々を一切抜きにしても、当然ながら警備の手は全く足りていなかった。チケットなしで忍びこむ連中も相当数に及んだが、まさかその中にファティマ姫が含まれていようとは、誰も予想しなかった。そしてそれに気付く者が居たことも。いや、案外ファティマを手引きしたのはそいつかも知れなかった。
突如、盛大なファンファーレとともにスタート地点脇の地面が開いて、各チームが順次、地中から大型エレベーターで現れた。観客の熱狂は、分厚い合金の装甲でも防ぎきれずコクピット内に直接聞こえうるほどとなった。
超雄星はチームナンバー十三の面々をそれなりに勝つ気にさせるよう、逆効果なほど過剰な、雰囲気作りの努力を尽くしてきた。だがそれよりもはるかに効いたのは、グリムチェーキのチームナンバー四が本気らしいという情報だった。ナンバー四の拠点は夜中でも照明が切れることがなく、優勝してもモトが取れないのではないかと思われるほど、チューンパーツ屋が頻繁に出入りした。
そればかりか、下馬評で最有力とされていたチームナンバー一が試合三日前になって謎の棄権に及んだことは、巨大な疑惑を呼んだ。確たる証拠はなかったが、フォーチュン情報部は秘密裏に、チームナンバー四による買収または脅迫の存在をカガ=リンに示唆した。カガ=リンは緘口令を敷いた上で、彼らがそこまで優勝したがる理由について、調査続行を指示した。
チームナンバー十三には、専門のメカニックチームも資本もなかった。レース用に大がかりな装甲やパーツの換装どころか、過剰な練習で機体を磨耗させるわけにもいかなかった。できることはせいぜい装備品の取捨選択と、コース見取図を囲んでああでもないこうでもないと作戦を練るぐらいしかなかった。しかもペインらは基本的に、本来の警備任務にかかりきりになっている。
だが少なくともチームナンバー四だけは勝たせてはまずそうだという認識だけは、メンバー間で共有されつつあった。
試合当日、彼らは各チームから提出された最終メンバー表に基づく確定版の“競馬新聞”をチェックした。チームナンバー七のひとりが顔の下半分を鉄板と包帯でグルグル巻きにしながら、ただでさえ悪い目付きを一層憎悪に歪ませている取材写真を見て、超雄星は噴き出した。ところがアリシアは、チームナンバー四の出走機種がおかしいと指摘した。
アリシアによると、グリムチェーキは重戦車型ガーディアンであるディザスター級の乗り手で、グリムチェーキの子分らのうち一人は中型の廉価普及機であるミーレス級、あとの四人はミーレス級の上位モデルであるカバリエ級を使うはずだった。だが“競馬新聞”に載っている写真とスペック表は五機とも、ミーレス級がベースと思われるカスタム機だ。ミーレス級は比較的誰にでも操縦し易いとされるタイプだが、傭兵が専門外の機種を使うことは、いくらレース専用に特別に用意したマシンだとしても考えにくかった。
メンバーたちが首を捻りつつも、出走者の集合を求める放送が流されたところに、フォーチュンの伝令が現れた。電話や無線を使わずに生身の伝令を寄越す事自体、機密性の高い情報である証拠だが、今回は極めつけだった。例えば会場に爆破予告が届いた、ごときの話ではなかった。
優勝トロフィーに埋め込まれている王家秘蔵の大宝玉ゴプラームが、世界最高品質クラスの“アビスシード”だと判明したのだ。
アビスシードは、アビスエネルギーを直接取り出すべく、異次元アビス空間への通路“アビスゲート”を開くための鍵だ。エネルギーの形で人体に宿る場合も多いが、単体で物質の形態を取る場合は特定の組成と格子欠陥を備えた鉱物結晶の類いが一般的で、ゴプラームもその典型例である。
そしてフォーチュン技術部の見たところ、ゴプラームの品質で全力を発揮させれば、どれほど巨大なアビスゲートが作れるか見当も付かないという。最悪の場合、このシャリフ王国ぐらいは丸ごと呑みこまれてしまうかも知れないし、地殻が物理的に粉砕されるおそれさえあった。スポンサーであるラーフ帝国がそれを好ましいと考えるかはともかく、ディスティニーの自爆テロリストたちにはさぞ甘い誘惑だろう。
フォーチュン本部は、ただちに大会の中止またはトロフィーの差し替え、およびゴプラーム実物の差し押さえを、運営委員会に強く要求する決定を下した。だがトラック地下の格納庫ではすでに最初のチームナンバー二がエレベーターに搭乗しつつあり、国王はホームストレッチ横の演壇に移動して、その危険極まるトロフィーを誇らしげに見せびらかしていた。
「どうやら我々は本当に、何としても優勝せねばならなくなってしまった」カガ=リンは、怪しまれないようにありがちな円陣を組むと、小声でメンバーに語りかけた。「ナンバー四は論外として、それ以外のチームも、爾後まで絶対安心とは言い切れん。今のところ、吾輩が信頼できるのは諸君だけだ。すまないが、ここは力を貸してくれたまえ・・・」
「水臭いネ。だいたい、ワタシの頭には初めから『冠娉(優勝)』の二文字しかないアル。ちなみに、トロフィーはフォーチュンにあげてもいいけど賞金はバッチリもらうネ!」
「まずはグリムチェーキよりトロフィーってわけかい。まぁ、いざとなれば、チカラづくででもウバいとるまでさ」
「大きな声では言えないが、しょせん、国王の遊びのはずだった・・・こんな危険なゲームになるとはな」
「とんだことになりましたが、未熟ながら全力を尽くします。地球市民として、命を賭けるに値する事態です」
チームナンバー十三は、掌を集めて気合いを入れた。それは運営スタッフからも他チームからも、ありふれた微笑ましい儀式に見えた。
彼らが最後にエレベーターで地上に上がって、十二チーム六十機のガーディアンが勢揃いした。観衆は喜んでいたが、この国の旧式な通常兵力だけなら軽く撃破できかねない戦力なだけに、軍高官などは気を揉んだ。
装甲の上から申し訳程度にゼッケン十三が巻き付いただけの共通点しかない、不揃いな機体の集団は、誘導員の手旗に従ってスタート地点に向かった。一番大きい百二十フィートのディオネード機と、一番小さい十二フィートのペイン機では、身長に十倍の格差がある。五十五フィートの超雄星機は、のっぺりした石像のようなディオネード機以上に奇抜なデザインであり、二十七フィートのカガ=リン機とアリシア機は、レムリア製の派手な装飾が付いた甲冑姿だった。
カガ=リン機はファンタズム級と呼ばれる、軽量な機体に強力な防御フィールド発生装置を備えた、俊足かつ堅固な突撃戦仕様機だ。ただし自らの防御フィールドが邪魔になるがゆえに、遠距離射撃戦は得意ではない。飛行モードも備わっているが、レースでは使用禁止となっている。
ファンタズム級はレムリア人が好んで乗るタイプであり、アリシアもかつては新鋭機を使っていたが、それはあの忌まわしい戦いでスクラップになってしまった。その後、アリシアは別の戦場跡でどうにか修理可能な中古を拾い当てたが、カガ=リン機より旧型でやや鈍重、飛行能力もない。武器も半ば廃品の鉄パイプのごとき、長さ四十フィートの槍を抱えているのみだった。
カガ=リン機は、本体同様にくどい装飾が刻まれた、刃渡り十三フィートの特殊合金の長剣を腰に提げている。任務によっては銃器を使用する場合もあるが、今回は最低限の妨害対策を講じつつも軽快性を重視する必要上、銃火器はペイン機のショットガンだけと決めていた。ディオネード機と超雄星機は、もとよりその身ひとつで戦う機体だ。
スタート配置は、横幅百三十五ヤードに三チームずつが四列で並べられた。チームナンバー十三は、昨日の抽選会で運良く最前列外側を引き当てていた。隣がチームナンバー三、さらに内側がゴロツキどものチームナンバー七だ。チームナンバー四は最後尾だったが、抽選所にも来なかったグリムチェーキが歯噛みしたか、それとも余裕の表情だったかは、藪の中だ。
だがそれでもなお、チームナンバー十三はぶっちぎりの不人気だった。メンバーも機体も、実力未知数とはいえ全くの寄せ集めであることは間違いなく、これといったレース用チューンさえされている様子がない。名目上リーダーである超雄星機からして、全身ドリルだらけの短足クラッシャー機という、冗談としか思えない代物であった。電光掲示板は、チームナンバー十三の単勝オッズが五百倍を超えていると、ぶっきらぼうに告げていた。
熱い砂地のトラックと、密集した六十機のガーディアンが満を持して吐き出すエンジン排熱は、コップの水にガムシロップを落としたような、猛烈な陽炎を招いていた。射撃の照準はアテにならないかも知れない。
だとすれば、最初から先頭を逃げる最前列チームには幾らか有利だ。これだけの機数なら、少なくとも第一コーナーを回るまでは、密集度がかなり高くなる。従って先行逃げ切りが有利になる一方、二列目以降のチームはそれを阻止するため、いきなり背後から容赦なく一斉射撃を浴びせてくるだろう。
信号ランプが動き始めた。あれほどの騒音を立てていた観衆は一気に静まり返った。
代わりに、低緯度の陽射しが発する音が聞こえてくるかのようであった。
信号がゴーサインに至った。合計何十万馬力もの鉄の猛馬たちが、くびきを解かれた。激しい楽曲の途中に不意に仕組まれたひとつの休符が過ぎ去ったかのように、時間は再び動き出した。
まずスタートと同時に策を仕掛けるのは、ペインの役目だった。ペイン機は肩に三筒装備された煙幕弾を前方に射出し、すぐに自らそれを追い抜いた。
最前列の三チームはいずれも発火前に通過したが、後方チームの一部は短時間ながら四塩化チタンの白い闇に呑みこまれ、混乱した。ペイン機はさらに後方に向けてショットガンを乱射し、威嚇した。減装薬では威力は期待できないが、雲の中で何機かが衝突した。
雲の向こうからも猛烈な応射があったが、ほとんどは見当違いの方向に散って行った。スタンドにも相当数が飛び込んだはずだが、退廃的な大観衆の大勢には何ら影響はなかった。初めからそれも覚悟の上、いやむしろ楽しんでいるのだ。
三チーム十五機はそれを尻目に、第一コーナー内側に向け殺到した。
奇妙な光景だった。ペイン機は足裏の車輪で、熱砂を蹴散らして驀進している。超雄星機も意外な事に、砂を苦にせずホバー走行で優雅に滑走していた。カガ=リン機とアリシア機は外見上、人間が小走りしている程度の様子に見える。ディオネード機は完全に歩いているとしか言えない歩調だ。だが全機とも、実際の速度はほぼ時速五十マイルで同等なのだ。それが彼らそれぞれの全力疾走であり、どこの設計者も共通して、戦場で最低限必要と考えたレベルということでもあった。
「まずは作戦通り、一歩抜けられましたね」
「短足と侮ってもらっては困るネ。フットワークが悪けりゃ、クラッシャーマッチなんて務まらんアルヨ。出場者自身の投票が禁止じゃなきゃ、借金してでもワタシたちの券、買いまくってたネ」
「さて、次は・・・」
全体的にチームナンバー三が先行していたが、うちディザスター級の一機はやや遅れ気味だった。支援用の自走砲と言えるこの機体は本来ならかなり鈍重であったが、余分な武装を外しチューンすれば、充分にレースに耐えるものではあった。ただ方向転換を片キャタピラの減速でしかやれない構造上、カーブではさすがに不利となる。
チームナンバー七は、全機が機敏なライトニング級だった。十五フィートほどの鉄パイプを携えた一機がディザスターの横に並び、鉄パイプをキャタピラに噛ませた。不快極まる軋み音と火花が激しく散って、キャタピラが転輪から外れ、ディザスターは急ターンしてトラック外に飛び出した。
コースアウトしたディザスターは失格、そして全機のゴールが不可能となったために、チームナンバー三全体も失格だ。観客の一部は早くも絶望の嘆きを上げたが、残りの大部分は一層興奮した。
勢いに乗ったチームナンバー七は、続いてチームナンバー十三に接近してきた。アリシア機が槍で牽制した。カガ=リン機は足を止めようと投げられた分銅付きの鎖を、剣で叩き落とした。
カーブを抜けてバックストレッチが近づき、第一の障害である丘陵地帯が見えてきた。「チッ・・・」
高さ数十フィートの築山を、ディオネード機は悠然とまたいで行った。他の四機は敢えて、あらかじめ解析したルートに沿って谷筋を進んだ。
チームナンバー七は、勇猛に尾根筋を突進しては頂上でジャンプした。彼らは谷に見え隠れして狙いにくいチームナンバー十三を襲うべきかどうか悩みつつ、結局は前進を優先した。むろんディオネード機だけは丸見えであったが、明らかに機体サイズが違い過ぎて攻撃は非効率だった。
だが、これで丘陵地帯を抜けるという位置で、ジャンプ中だったチームナンバー七のうち一機が集中射撃を浴びた。撃破には至らなかったが、そいつは着地に失敗し、派手に地面に叩きつけられた。
予想よりずっと早く、チームナンバー四が追いすがって来ていた。
彼らは彼らでディオネード機よりも、先頭を突っ走るチームナンバー七を優先的に妨害したのだ。
一機でもゴールできなければ全体の負けになるのは、すでにチームナンバー七が自ら実演済みだ。他の四機は慌てて引き返し、折れた脚で立ち上がろうとしている一機を引き摺っていこうとしていた。チームナンバー四と七は、真っ向から銃撃戦に突入した。
「ペイン、どさくさ紛れにゴロツキどもに二、三発お見舞いしてやったらどうアル?」
「よりによってグリムチェーキに加勢しろと?」
「左様、潰し合わせておくのが賢明であろうな。その隙に前進だ」
しかしチームナンバー七のほうが機体が小型で武器が貧弱なうえ、下手に丘陵地帯を抜けてしまったため、遮蔽物もなかった。射撃の腕も違った。チームナンバー四が明らかに優勢であった。
とうとうチームナンバー七の一機が追い付かれ、すでにボコボコにへこんだ機体をコース外へ蹴り飛ばされた時には、ディオネード機は次のトンネルに接近しつつあった。他の四機も、とうに丘陵地帯を抜けてかなり進んでいた。
撃つには少々距離が離れている。そしてチームナンバー四は、全機身長六十フィートという中途半端な機体サイズの都合上、ここは迂回路を使うと決めていた。
だがチームナンバー十三とて、ペイン機とディオネード機以外はトンネルで難儀するはずである。なのに彼らは迂回路になど脇目も振らず、真っ直ぐトンネルに突っ込みつつある。チームナンバー四は少々不思議に思いつつも、一糸乱れず迂回路をグングンと進んで行った。
ディオネード機が、トンネルまであと三十ヤードほどに達した。
するとディオネードは何を思ったか、急に両足を揃え、これまでの慣性を利用して機を前方に転倒させた。
だが地面に激突する寸前に両手を突き出し、腕立て伏せのような体勢で静止した。
「肩が少し高い。腰もだ」
「はい」
斜め後方から突っ込んでくるペインが指示し、ディオネード機は少しだけ関節を曲げて調整した。ペインは機体をよじって方向転換し、側方のトンネルに突入していった。
そして残りの三機がディオネード機に追突すると思われた時、三機は三十度弱の斜面となったディオネード機の背面を、猛然と駆け上がった。
チームナンバー四も含め、会場の誰もが驚愕した。
「いやっほお!」
「成功だ!呆れた作戦であったが、試して見るものだな」
「狙い通り、豆腐のヘンな四角さが役に立ったネ!OKアル、王子!」
「その王子ってのはやめて下さいと言ったでしょう」
三機が天井の上へ消えて行くのを見届けると、ディオネード機も天井へよじ登った。
圧倒的リードを得たチームナンバー十三は、最後の泥プールも難なくこなした。
ペイン機は順当に中央通路を駆け抜け、超雄星機は水面など意に介さずホバーで強行突破した。カガ=リン機は器用に幅跳びと空中姿勢制御を繰り返して、やはり通路を短時間に通過した。アリシア機は綱渡りよろしく、槍を天秤棒のように担いで回転モーメントを稼ぎ、バランスを取りながら走った。そして最後に追い付いてきたディオネード機は、膝下までしかない泥沼を平然と押し渡った。
トンネル迂回路を必死で走ったチームナンバー四も、他のどのチームも、もはや彼らに追い付くことは叶わなかった。
「只今の、メインレースの結果、は・・・一着、チームナンバー十三、タイム四分五十八秒三三。二着、チームナンバー四、タイム五分六秒四八。三着、チームナンバー九、タイム五分九秒一七・・・当選となります投票、は、単勝十三番、倍率五百三十六・八倍。複勝四-九-十三、倍率四十九・五倍・・・」
勝者を祝う紙吹雪代わりに、膨大な“外れ馬券”がスタンドを舞った。
超雄星はマシンを急停止させて降りるや否や、バンザイの姿勢で国王の表彰台に向け突撃した。その勢いに衛兵が身構えるのを見て、ディオネードは慌てて落ち着けと叫んだ。
他の三人はトロフィーよりも、周囲を落ち着きなく観察していた。どこかで待機していて、手下どもの“正攻法”の失敗を確認したグリムチェーキが何か仕掛けるとすれば、油断の多いこのタイミングだろうからだ。
狙撃か?爆破か?まさか、温存したガーディアンで強行突入してくるとは思えないが・・・?
だが結局、表彰式は何事もなく終了した。
大仰に泣き笑いながら、ついには遥か東洋のクラッシャーマッチの宣伝まで始めた超雄星のテキ屋口上に、初めは予想外の大穴勝利に憤慨していた大多数の観衆もやがて、大声を上げて笑っていた。
場違いなファティマ姫がほとんど誰の関心も惹かなくとも、無理はなかった。
“ファン”から控室に届けられていた贈り物は、全くぞっとしないものだった。
シャリフ王族女性を示す首飾りと、「ティボ・クレーター トロフィー」とだけ書かれたメモ。
「間違いありません。ファティマ姫です」ディオネードは歯噛みした。「ティボ・クレーターは、ここから三十マイルほどの山地にある隕石の落下跡です」
「すまぬ。グリムチェーキに監視はつけておいたのだが、大会の雑踏に紛れて見失っていたそうだ。奴自身は、やはり出走してはいない。単独で行方をくらましておる」カガ=リンは受話器を置いた。「そして今、チームナンバー四の連中も、マシンを放置して消えたそうだ」
ディオネードとアリシアは、要求に応じることを主張した。ペインと超雄星は、王女一人とアビスゲートでは比較にならないとして反対した。
そして、しばし四人の口論を眺めていたカガ=リンは、一人でトロフィーだけを持って来いとは言われていない事と、グリムチェーキをこのままにしておけないという点では全員一致している事を指摘した。
「正直なところ、姫自身にさほどの価値はない。それは連中も同意見であろう。ただ、トロフィーよりは奪い易かったというだけだ」カガ=リンは冷水をひと口飲んだ。「そして連中は、トロフィーを受け取って逃げたとて、我々に追撃される事も承知している。実際ペイン君らが言うておる通り、我々は、場合によっては姫とトロフィーを丸ごと核爆弾で蒸発させてでも、S級アビスシードが連中に渡る事だけは阻止しようとする可能性大だからだ。逆に、我々が全く要求を無視してトロフィーを持ち去ったとしても、新たな脅迫を仕掛けるか、最終的にトロフィーを保持する誰か一人を、向こうから襲撃するのみであろう」
「もとより奴らは取引と言うより、僕たちとここで決着を付けておく気だという事ですね」
「然り。自ら用意した有利な土俵でな」
「まず、罠だらけだろうな。気に入らないな」
「さりとて、当地のフォーチュン支部は小規模だ。ガーディアンは吾輩の一機しかない。王国軍にはもう少しあるが、国境警備などで広範囲に分散している。他の負けチームは、我々の表彰式など眺めておらんで、とうに帰ったな。フォーチュン本部が本格的なトロフィー確保部隊を送って寄越すにも、いまだ数日を要する。守っても有利にはなるまい」
「あたしたちにとってもむしろ、アトでネラわれるのをマつよりは、いまがチャンスってことだね。どのみち、ヤツがそこにいるのなら、あたしはヒトリででもいくけど」
「もうこの国に用はなかったアルが、仕方ないネ。もう一肌脱ぐネ。敗者復活のくせにシード枠とは、全くやってくれるネ」
優勝者たちは格納庫に引き返した。
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【第一章 バザール】
せめてもの海風も、その都市の熱気を和らげる助けにはならなかった。風は贅を尽くした超高層ビルに阻まれているし、その全面鏡張りのごとき外壁は、乾燥気候帯の容赦ない陽光から逃れうる日陰をどこにも与えなかった。おまけに通常時の数倍に膨れ上がった人通りが、路上を瘴気で満たしていた。
アル・シャリフ。
もはや石油の時代ではないが、この岩と砂漠の王国は、ガーディアン本体やその制御コンピュータ製造に必要な希少鉱物類にまで恵まれていた。その積み出し港でもある首都は、かつての世界商業中心地たちが軒並み壊滅した後、それに取って代わることに成功していたのだ。
だが同時に宗教色や封建的価値観も強いこの王国は、ネクタイ姿の金融ビジネスマンが闊歩する光景よりも、アジア的混沌の風景が強かった。大通りには、株や先物商品の電光価格ボードの前に、果物や民族料理の不衛生な屋台が勢揃いする有様だった。
そんな国で息子に実務を任せ、暇を持て余していた老国王が、突飛極まる大ガーディアン競争レースの開催を宣言したのだ。
今ではとらえどころのない好々爺だが、若い頃はモータースポーツに熱狂した時期もあったらしい。いまだ戦乱が完全終結したわけではないこの世界において、さすがに非常識だと諫言する大臣もいたが、ある意味優秀なビジネスマンである首相第一王子はこれを老人の戯れではなく、観光ビジネスのチャンスと捉えた。
彼が全世界にばらまいた宣伝キャンペーンは大いに効いた。入国規制の一時的緩和までも断行した。抜け目のないことに、レースは公営ギャンブルとしても計画された。その結果、レース開催の二週間前ほどから、街中が膨大かつ雑多な流れ者であふれ返ることとなった。
「チ、チーム制・・・アルか?」
「はい、一チーム五機となっております。機体型式に制限はございませんが」
そういう流れ者の一人が、レース運営本部でうろたえていた。薄汚れた拳法着のようなものを着流した東洋人で、体格は妙に良かったが、恥ずかしげもなくまき散らす英語はひどい訛りだ。オフィスの奥からは時折失笑が漏れてきた。
「ワタシ、リングネーム超雄星。クラッシャーマッチの名選手ネ。ついでに拳法も強いネ。一人で五人ぐらい軽くひねれるアル」
「いえ、ルール上、お一人ですとむしろ有利になってしまいますので・・・」
華僑系らしきその男は、あらゆる図々しさを駆使して食い下がったが、けっきょく参加申込用紙を受け取っただけで追い出された。もっとも、申込締め切りは数時間後に迫っていた。クラッシャーマッチとはガーディアンを使用した格闘試合で、見世物である点は今回のレースと同様だが、全くの別物だ。男はガーディアン競技だと聞いただけで反射的に飛び付いたのだった。
「あぁ、どうすりゃいいアルカネ、相棒・・・ただでさえ、この前の試合でオマエの修理費が嵩んだアル。ここまでの旅費だって賞金を見越しての借金ネ。あぁ、オマエを銀行の金庫破りには使いたくないアルヨ」
超雄星は、町外れに駐めた自分の愛機を撫でながら途方に暮れた。彼の十倍近い背丈があるその機体はしかし、異様に短足であり、頭頂部と両腕、両膝はなんと、掘削ドリルになっていた。クラッシャーマッチでは観客受けするのかも知れないが、どう見ても「レース」を走るべき機体ではなかった。大昔の漫画から抜け出したような姿に、目撃者はことごとく噴き出すか、そうでなければハリボテの宣伝マスコットだろうと勘違いした。
「ギャハハハ!何でぇこりゃあー!」
「あの小汚ねぇ野郎のか?ある意味納得するぜ!」
シャリフ人ではない、酔っているらしい五人組が、背後で盛大に大笑いした。ここまで露骨なものは珍しいが、言われ慣れている事ではある。超雄星は無視を決め込んでいたが、五人組はニヤけながら近づいてくると、一人が機体の脚部に靴裏を摺りつけた。
「何するカ!?コイツは大事な相棒アル!」
「ハハハ!どこの訛りだよカッペめ!てめぇ、クラッシャーか?まさかこれでレースに出るつもりじゃねぇよな」
「両方アル」
「くだらねぇ冗談はよしな!こんなオモチャで俺たちの相手になるか!ペッ」
酔っ払いの一人がマシンに唾を吐きかけた。どうやら、この五人組もレース参加者の一チームらしい。
超雄星はほとんど反射的に、その男を平手打ちした。これでも超雄星としては、精一杯紳士的に振舞っているつもりだ。
「てめぇ!何しやがる!」
「オマエのガーディアンが同じ目に遭ったらどうするアルカ?」
六人の男たちは口論になった。次第に野次馬が集まり始め、中には勝手に賭け金を集め始める者まで出た。
「うぉぉー、痛えよ痛えよー。歯が折れたよー」平手打ちされた男が挑発する。
「こいつぁ大変だぜ!治療費たんまりもらわないと足りねぇなぁー」超雄星の体格が少しばかり良くとも、五人組は数を恃みに大きく出ていた。
「そのぐらいにしておかないと、本当に治療費が高くつくアルよ?」
「あぁ?舐めてんのか?」
五人組は不用意にも包囲網を狭めた。だがある距離を割った時点で超雄星の蹴りが、垂直に完全な半円を描いた。平手打ちされた男が、今度は完全に顎を割られて吹き飛んだ。
驚く間もなく、さらに二人が同時に首に手刀を受け、一人が鳩尾に拳を受けた。たちまち四人が地面をのたうち回って、野次馬からはどよめきが起こった。
「野郎ぶっ殺す・・・!」最後の一人がナイフを抜いた。
超雄星は真っ直ぐ男を見据えている。いや、その視線はナイフ男の後方にも向かっていた。
「武器を使うのなら、こちらもこれを使うが?」
いつの間にかナイフ男の背後に、歌劇団のような派手な衣装を着た、レムリア人の男がいた。レムリア人は、時代錯誤とも言える長剣をナイフ男の喉元に突きつけていた。ナイフ男はぎょっとした。
「どうする」レムリア人は華麗に手首を返してナイフ男の前に回った。見れば、警備担当を示す腕章が付いている。
「クソッ・・・、覚えてやがれ!」逃げるナイフ男を、よろめきながら他の四人が追って行った。野次馬とノミ屋たちからは、悲喜こもごもの歓声が沸いた。
「警察の人アルカ?お人が悪いアル。アナタ最初の方から居たアル。もっと早く出て来てくれるか、そうでなければ最後まで任せて欲しかったアル」
「否、吾輩はこちらのフォーチュン支部に派遣されておるレムリア騎士で、カガ=リンと申すのだが・・・人手不足で街の警備に駆り出されておる」カガ=リンは長剣を鞘に収めた。「お見事な腕前でしたな。心配なかろうとはお見受けしていたが、さすがに光り物が出た以上、放っておいては怠慢と謗られるゆえ」
一般に生真面目極まると評されるレムリア騎士の中では、この男は割と融通の利く性格のようだった。自分の拳法の腕が判るということは、たぶん彼自身も相応の実力がある。そして生身の格闘能力に秀でる人物は、ガーディアンを扱わせても有利になる傾向がある・・・
天性の勘でそう判断した超雄星はすぐに元通りの調子の良い顔に戻り、大仰な身振り手振りを敢行し始めていた。
「フォーチュンに派遣?アナタ、リンケージアルカ?」
「左様だが、本業はガーディアンテロ対策ゆえ、市中の喧嘩騒ぎの見廻りにマシンは出さぬ。国軍は違う考えのようだが」
「いやいや、そういう話ではないアル。実はワタシ、レースに出るつもりで来たアルガ、チーム制だと知らなかったアル。アハー!ここはひとつ、これも何かの縁と思ってアルナ・・・」
銃声がした。やや遠いが、超雄星は度肝を抜かれた。
大通りの方からだろうか。さっきの連中ではないだろう。
「失礼!」カガ=リンは駆け出した。
「あっ、待ってくれアル!他にここでリンケージの知り合いなんて居ないアル!助けると思って・・・」超雄星も後を追った。
銃口は空に向けられていたが、アリシアの拳銃はかすかに煙を吐いていた。
「みつけた」
軽食屋台の即席テーブルがひっくり返り、六人の野戦服の男たちが銃口に睨まれていた。粗野そうな男が多いが、先ほどの酔っ払い連中と違い、猟犬の目付きを持っている。傭兵と見て間違いない。
「グリムチェーキ。みんな、シんだよ。でも、あたしだけイキノコった」銃口は六人のうち、片方が掌ほどもある大きな眼鏡の男に擬せられた。
「ホントウはさっさとウつべきだってシってるけど、あんたがどうしてコロされるのかオシえておかないと、だめだから」
「ま、まぁ・・・待ちなさいよ。何か誤解があるみたいだねぇ」
グリムチェーキの声は良く覚えているし、一緒に居る男たちも、全員間違いなくグリムチェーキの子分だった連中だ。アリシアは見え透いた弁解など聞く気はさらさら無かった。
だが、それよりもグリムチェーキの中性的な「猫撫で声」が気になる。確かに元々どこか嫌味で不快な男ではあったが、さりとてこんな口調では無かったはずだ。
表情も少し引きつっているが、それも銃を向けられているからではあるまい。隣の子分どもでさえ、もっと冷静だ・・・
<動くな!>
横からスピーカー越しの警告が割り込んだ。
予想外に早い段階での邪魔だ。もしかすると、初めから不審な少女としてマークされていたのかも知れない。アリシアは照準を外さないまま、片目だけそちらを向けた。
<全員両手を挙げろ。女、銃を捨てろ>
身長十二フィートのずんぐりした野戦色の甲冑が、モーゼのように群衆を割って現れた。背後には十人ほどの憲兵隊を連れている。
敏捷性に優れる最も小型のガーディアン、ライトニング級だ。
小型とはいえ、人間相手の威圧感は充分だ。平たい半球状の頭部には大きな三つの眼があるだけで、その表情のなさは一層、冷徹さを感じさせる。
腰だめに抱えた丸太のような砲身は、おそらくライトニング級用の二・五インチ散弾砲だろう。装填されているのがたとえゴム弾だとしても、この近距離で撃たれれば命の保証はない。いや、レース参加者がガーディアンを持ち出して喧嘩に及ぶ可能性を考えて、憲兵隊もこんなものを連れ回しているのだ。むしろ実弾が装填されていると考えるべきだ。
<周りの者は退避しろ。流れ弾が行っても知らんぞ>
落ち着いているがどこか事務的で無関心な口調は、かえって効果的に群衆を退散させた。屋台の店主たちまで蜘蛛の子を散らすように逃げた。グリムチェーキはすでに両手を挙げつつ、立ち上がっていた。ついでに抜け目なく、注意の分散しているアリシアの射線から微妙に外れる。手下たちもグリムチェーキに倣った。
アリシアには、もう失うものなどなかった。もとよりグリムチェーキと刺し違える覚悟だ。だが失敗だけは万が一にも許されない。アリシアはここでバクチに出るのを諦め、スピーカーの声に従うことにした。
<憲兵隊、女を連行しろ。あとの者にはこの場で取り調べだ>
憲兵隊が散開し、アリシアは二人ほどに拘束された。そういえばこの声は「子供」ではなく、「女」と言っていた。おそらく、自分が戦闘の素人でないことを判っているのだろう。そうなると、やはりそう簡単に釈放とは期待できないだろうか。
「待って欲しい。その者はレムリア人と思われる」
逃げる人波に逆らって泳いできたカガ=リンと、少し遅れて超雄星が現れた。ライトニング級と憲兵隊は、華美な外国騎士に戸惑った。
<市内で発砲した以上、黙って放免という訳にはいかない>
「それはそうだが、吾輩も警備担当なのは事実である。ひとまず連行先をフォーチュン支部にさせて欲しいというだけのこと。レムリア人同士でのみ知覚できることだが、リンケージ波長も感じられる」
<しかし・・・>
「ならば君も同行すればよい、ペイン君。おそらくレムリア大使館が絡んでくる場合よりは、話がややこしくならずに済むだろう」
不意にライトニング級のコクピットハッチが開き、パイロットスーツの男が姿を見せた。操縦支援ゴーグルを外すと、素顔もやはりマシンと同じく表情に乏しかったが、どこか生真面目さは感じられた。この男もシャリフ人ではなさそうだった。
「取り調べ結果如何によっては、引き渡してもらうぞ」
「むしろ、純然たる強盗か何かであってくれた方が、よほど安心かと存ずるがな。フォーチュンが本業として管轄すべき、ガーディアンテロリストだとでも申すよりは」
カガ=リンは、困惑する憲兵からアリシアを奪い取った。
「はい、何も心当たりはございません・・・人違いではないのでしょうか・・・私たちはレース参加者です。身元は、登録時にすでに証明されております・・・こちらが登録証でございますよ。チームナンバー、四・・・」
グリムチェーキらを職務質問していた憲兵隊は何ら得るところなく、すでに彼らを釈放しそうであった。しょせん身元などは偽装であろうが、今のアリシアにはどうすることもできそうになかった。そして、どういうつもりか知れないがレースに出るというのなら、開催当日まではここに滞在するということでもある。後の機会を狙うしかない。
連行されるアリシアの背中に、グリムチェーキはニヤリと微笑みかけた。
「ディスティニー!?」
ラーフ帝国の息がかかっていることが公然の秘密であるガーディアンテロ組織の名に、ペインも超雄星も、それどころかアリシアさえもが仰天した。超雄星がフォーチュンの会議室にまで付いてきているのは、彼のあまりの人懐こさと図々しさに、カガ=リンもペインもとうとう面倒臭くなったからだ。
ディスティニーの活動目的は、少なくとも結果的には人類絶滅にほぼ等しいと言って良い。現に大戦最盛期、彼らが追求する異次元エネルギー「アビス」が、彼らの求めているであろう量のほんの何十分の一か使われただけで、大陸の形が丸ごと歪んでしまったのだ。いかな仁義無用の悪徳傭兵がどれほどの大金を積まれようと、一時的にさえディスティニーの仕事を請け負うとは思われなかった。
「そうだ。さきほど屋台に居た眼鏡の男、アリシア君の言うそのグリムチェーキの一党は、現在ディスティニーの要員である可能性が高いと判断されている。吾輩も今、本部に照会させて知ったことだが」
カガ=リンは事務員に電信文を返した。事務員は退出して行った。
「とはいえ、まだ確定ではない。目的も判らぬ。本部が事実と認定したなら、発見次第射殺して良いことになっているがね」
「ディスティニーは禁断のアビスエネルギーを弄ぶ外道アルネ。ワタシは、たとえ阿片は大目に見てもアビスだけは許せないネ」
「ラーフとディスティニーには、俺も恨みがある。だが、レース参加者とか言っていたな。そんな不審人物が登録できたのか?」
「くどいようだが、証拠がない以上はな。ましてや、王国はいまだこの情報自体、ゆめ知るまい」
「あ、ちなみに酔っ払って誰彼構わず絡んでくるようなゴロツキでも大丈夫みたいアルヨ。意外にいい加減ネ」
アリシアとしてはグリムチェーキが何者であろうと、やることに変わりはなかった。
だが、これはペインも超雄星も、むろんカガ=リンも、味方につけるチャンスではないのか?
長い流れ者暮らしの間にこんな打算をするようになっていた自分を、アリシアは自己嫌悪した。だが今のところ自分の立場は「捕まった殺し屋」だ。至近距離に居るレムリア人同士にはある程度の精神共有が働き、嘘や、リンケージ特性までもが高確率でバレる。素直に白状するのが一番マシだったのだ。彼女は勝負に出た。
「あたしもレースをやる」
今度はカガ=リンも驚いた。
「どうせ、レースのどさくさでナニか、たくらんでるんでしょうよ。ヘタすりゃナンジュウマンニンのギャラリーやオウサマを、ガーディアンでどうこうするキかもしれないね。いっとくけど、あたしはそんなことするクズじゃないし、むしろそうしかねないクズをオいかけてる。あたしとマシンを、ケイビでヤトうとでもいうんじゃなきゃ、いっそレーストラックにおいとくのもワルくないんじゃない?」
「だから、お前こそレースの最中にグリムチェーキを撃つつもりなんじゃあないのか」ペインが疑った。
「ふふ、どうかしらねぇ」
「・・・皮肉な事だがレースのレギュレーションでは、審査済みの減装薬弾なら銃火器の使用も認められているそうだ。白兵武器に至っては、制限なし。気に食わんガーディアン乗りを亡き者にするなら、お誂え向きの舞台かも知れんな」
「むしろ奴の始末を推奨しているように聞こえるぞ。誇り高き騎士殿」
「そうアル、それアル!」超雄星は待ってましたとばかり、自分の名前しか書いていない参加申込用紙をヒラつかせた。「お嬢ちゃん、出るって言ってもレースは五機一組ネ?たぶん仲間、居ないネ?ワタシ、お嬢ちゃんに協力するアル。カガ=リンさんとペインさんも、お嬢ちゃんとそのグリムなんちゃらを、どうせなら間近で監視する方がいいんじゃないかネ?」
強引どころか、半ば矛盾すると言って良い理屈だ。カガ=リンとペインはしばし互いに顔を見合わせていたが、やがてカガ=リンが言った。「最後の一名は?」
超雄星は一層必死になった。「あ・・・あとまだ、締め切りまで三時間ぐらいあるアル!何とかなるアル」
「・・・一応、心当たりがなくはない」今一つ気は進まなさそうだったが、ペインはつぶやいた。超雄星の顔は再び輝いた。「正規の軍ガーディアン部隊は小規模だし、俺含め皆、会場やら国境やらの警備に出払っている。フォーチュンもだな。だが、今俺が教えている訓練生なら一人居る。ついでに、あいつの専用マシンはでかすぎて警備にも使いづらい代物だ。比較的、迷惑は少なくて済むかも知れん・・・」
訓練生と聞いて超雄星は少々不安になったが、スタートラインに立てるだけで奇跡だ。贅沢は言えない。しかし、もしや自分以外は誰も、名声や賞金に興味がない可能性さえあるのではないか?だとするとそれは歓迎すべきことなのか、それとも問題なのか?どうやって彼らに、優勝までも狙う気を出させるか?早くも彼の頭は次の段階に進んでいた。
高さ六十フィート、底面三十フィート角ほどの、白い巨大な“冷蔵庫”のような何かが、薄暗い工場にぼんやりと浮かんでいた。
足元では油まみれの菜っ葉服の青年が、“冷蔵庫”の底面から這い出たチューブの束を抱えたまま、場違いなパーティードレスのような姿の女と押し問答している。髪を布で隠している点だけが伝統に沿っていたが、まともなシャリフ女なら、いかな下賤の出であれ機械工場などに出入りしようとは思わない。ましてここは首都防衛隊のガーディアン整備場で、女はシャリフ王女の一人なのだ。
「戦場に出ようと言うのでもなし、砂漠で練習でしょう?」女は大きな瞳を輝かせていた。「整備なら、妾がお手伝いしてもよろしいですわ。衛兵が探し当てないうちに、そなたのガーディアンでドライブしたいのですよ、ディオネード」
「衛兵とおっしゃるなら一応、僕も軍人なんですよ?お願いですからお戻りください、僕が怒られます」
純朴そうな青年は、哀願しつつもその瞳を直視できなかったが、それはいつものことだった。爽やかそうなディオネード青年は、かつて近隣の首長国の、傍系王族の端くれでもあったが、クーデターで国を追われ、この“冷蔵庫”に乗って逃げて来たのだ。やがてシャリフに流れ着いた時には乞食同然の状態であり、その体臭には護送した軍兵たちでさえ顔をしかめた。
奇妙な“冷蔵庫”に眼を丸くして、蛾のように自ら寄ってきたこのファティマ姫だけは、不快より好奇心が勝ったようだ。だがディオネードにとってそれは、全裸をつぶさに観察されるようなものであり、シャリフ軍ガーディアン部隊の訓練生に落ち着いた今でも消えない負い目である。いや、今だって自分は埃と油まみれではないか。
この新興国の軍にリンケージとガーディアンは多くはないが、それにしてもなぜ自分なのか。訓練生である点、あるいは自分の性格なり来歴なりを見越して、ガチガチの正規軍人に比べれば籠絡し易い相手だと踏んだのだろうか?
「妾とて、リンケージ適性ありと認められた身なのですよ。それが、自らの国のために出動は愚か、ガーディアンに触れることも、操縦法の教練さえも受けさせてもらえない」ファティマは滑らかに不満をまくしたてた。心中、何度も反芻した台詞なのだろう。「せめて、お傍で見学させてくれませんか」
ディオネードは若干気持ちがぐらつかないでもなかったが、敢然と決意を込め直して、言った。
「いけません。そもそも、そのお姿でこのような場所においでになる事自体が危険なのです」
「まるで爺たちや兵どもと同じ事をおっしゃるのね」
「さもありなんと存じますが、なにも、不逞の輩に狙われるとばかり申しているのでもございません。地肌の露出する部分があったり、機械に巻き込まれ易い布飾りをお召しでは、文字通りの事故につながるのです」
「お兄様やお父様は、別に作業着など召される事もなく、何度かこちらに出入りされているそうではありませんか。軍施設ばかりか、こたびのレース参加チームの幾つかまでも、主催者を称して巡察されているとか」
「それは・・・お気持ちはお察しいたしますが、しかし・・・」
「姫!どこから守衛の眼をおくぐりになったのです!」
施設警備兵と王宮近衛兵の一団が乱入し、喚き散らすファティマを捕虜か何かのように引き摺って行った。哀れとは思いつつディオネードも、自分が招き入れたわけではなく、むしろ退出を説得していたと釈明するのに必死だった。
そして、ようやく整備作業を再開できたディオネードは、“冷蔵庫”を見上げた。
数年前、母国の古代遺跡で学者が発見したものであり、現代のいわば模造品ではない、古代超文明のオリジナルガーディアンだった。
だが少なくとも国内の技術者たちには、操縦法どころか起動方法やハッチの開け方さえ、皆目見当が付かなかった。そんなとき発見者の学者は、“冷蔵庫”が眠っていた石室に、古代語で「王家の血脈の永遠ならんことを守護する」と記されていたのを思い出した。
もしや、ということで国王自身を含め、王家の血縁者が片っ端から、“冷蔵庫”の謎に挑まされた。
継承順位のかなり低いディオネードにまで順番が回った時には、皆すでに諦めかけていた。だが彼が“冷蔵庫”に触れた途端、外壁の一部が四角く光を発し、コクピットと思われる部屋が荘厳に開いたのだ。
しかしそれは、かえって王家の秩序を乱す結果になった。もっと継承順位の高い異母兄や従兄弟や親戚たち、彼らに与する大臣らが、手勢を率いてディオネードの寝所に向かっていると知らされたとき、彼は王家のために敢えて、戦わずに逃げた。
“冷蔵庫”の操縦法はまだまだ未知数であったが、そいつは主人の意思を汲んだかのように本体から角ばった手足と頭を展開し、身長百二十フィートの巨人と化して駆け出した。
だが、それ以外の全ては捨てるしかなかった。最終的に、母国の敵でも味方でもない、絶妙適正な距離感のシャリフ王国に辿り着くまでに、わずかな彼の側近たちは皆、自ら囮として犠牲になるか、自決するか、行方知れずとなった。
「この疫病神め」
物言わぬ“冷蔵庫”に、ディオネードは毒づいた。いつの間にか衛兵と入れ替わりにペインらが入ってきた事には、気付いていなかった。
「いけないネ、相棒には感謝と信頼の気持ちを持たないとネ・・・アイヤ、こりゃあどでかい豆腐ネ!あ、東洋の食品のことネ」
「お前のも、他人の事は言えないだろう。あのケレン味満点なデザイン、むしろお前こそディスティニーじゃないのか」
「あぁ、あれはオドロいたよね。あたしもヒロイモノしかなくてフホンイでいるけど、あれはロハでもらえてもいらないかな」
「あのゴロツキどもも大概だったアルガ、それよりもっとひどい感想ネ。商売道具には大金掛けてるし、何度でも言うけどディスティニーやアビスは最低ネ。もはや地球意思として、ワタシの敵と定められているネ」
「まぁ諸君、鎮まりたまえ。ペイン君、彼がディオネード君だね?紹介してくれたまえ」
ディオネードは呆然としながら、上官に付いてきた外国人三人組を見比べた。いや、ペインも元は外国傭兵だし、自分も亡命者だ・・・。
こうして外国出身者ばかりの現地急造チームが一つ、締め切り二時間前に駆け込み申請された。大会関係者と言える人間が三人も居ることについて、運営委員会では問題視する声も上がったが、自国軍人らの発奮かと面白がった国王が、鶴の一声で承認を決めてしまった。チームナンバーは、最後となる十三が与えられた。超雄星は何語なのか怪しい、珍妙なチーム名を申請用紙に記入していたが、メンバー内にさえ全く浸透しなかった。
レースに賭けようとする客も予想屋も、他の参加十二チームのほとんども、彼らが何者なのか首を捻った。ただ、チームナンバー四と七だけは、もとより彼らに特別な関心があった。
ファティマも、ディオネードの名前を知って仰天した。何となく裏切られたような気分がして、彼女はまたも、衛兵の監視をまく算段を始めた。
【第一章 バザール】
せめてもの海風も、その都市の熱気を和らげる助けにはならなかった。風は贅を尽くした超高層ビルに阻まれているし、その全面鏡張りのごとき外壁は、乾燥気候帯の容赦ない陽光から逃れうる日陰をどこにも与えなかった。おまけに通常時の数倍に膨れ上がった人通りが、路上を瘴気で満たしていた。
アル・シャリフ。
もはや石油の時代ではないが、この岩と砂漠の王国は、ガーディアン本体やその制御コンピュータ製造に必要な希少鉱物類にまで恵まれていた。その積み出し港でもある首都は、かつての世界商業中心地たちが軒並み壊滅した後、それに取って代わることに成功していたのだ。
だが同時に宗教色や封建的価値観も強いこの王国は、ネクタイ姿の金融ビジネスマンが闊歩する光景よりも、アジア的混沌の風景が強かった。大通りには、株や先物商品の電光価格ボードの前に、果物や民族料理の不衛生な屋台が勢揃いする有様だった。
そんな国で息子に実務を任せ、暇を持て余していた老国王が、突飛極まる大ガーディアン競争レースの開催を宣言したのだ。
今ではとらえどころのない好々爺だが、若い頃はモータースポーツに熱狂した時期もあったらしい。いまだ戦乱が完全終結したわけではないこの世界において、さすがに非常識だと諫言する大臣もいたが、ある意味優秀なビジネスマンである首相第一王子はこれを老人の戯れではなく、観光ビジネスのチャンスと捉えた。
彼が全世界にばらまいた宣伝キャンペーンは大いに効いた。入国規制の一時的緩和までも断行した。抜け目のないことに、レースは公営ギャンブルとしても計画された。その結果、レース開催の二週間前ほどから、街中が膨大かつ雑多な流れ者であふれ返ることとなった。
「チ、チーム制・・・アルか?」
「はい、一チーム五機となっております。機体型式に制限はございませんが」
そういう流れ者の一人が、レース運営本部でうろたえていた。薄汚れた拳法着のようなものを着流した東洋人で、体格は妙に良かったが、恥ずかしげもなくまき散らす英語はひどい訛りだ。オフィスの奥からは時折失笑が漏れてきた。
「ワタシ、リングネーム超雄星。クラッシャーマッチの名選手ネ。ついでに拳法も強いネ。一人で五人ぐらい軽くひねれるアル」
「いえ、ルール上、お一人ですとむしろ有利になってしまいますので・・・」
華僑系らしきその男は、あらゆる図々しさを駆使して食い下がったが、けっきょく参加申込用紙を受け取っただけで追い出された。もっとも、申込締め切りは数時間後に迫っていた。クラッシャーマッチとはガーディアンを使用した格闘試合で、見世物である点は今回のレースと同様だが、全くの別物だ。男はガーディアン競技だと聞いただけで反射的に飛び付いたのだった。
「あぁ、どうすりゃいいアルカネ、相棒・・・ただでさえ、この前の試合でオマエの修理費が嵩んだアル。ここまでの旅費だって賞金を見越しての借金ネ。あぁ、オマエを銀行の金庫破りには使いたくないアルヨ」
超雄星は、町外れに駐めた自分の愛機を撫でながら途方に暮れた。彼の十倍近い背丈があるその機体はしかし、異様に短足であり、頭頂部と両腕、両膝はなんと、掘削ドリルになっていた。クラッシャーマッチでは観客受けするのかも知れないが、どう見ても「レース」を走るべき機体ではなかった。大昔の漫画から抜け出したような姿に、目撃者はことごとく噴き出すか、そうでなければハリボテの宣伝マスコットだろうと勘違いした。
「ギャハハハ!何でぇこりゃあー!」
「あの小汚ねぇ野郎のか?ある意味納得するぜ!」
シャリフ人ではない、酔っているらしい五人組が、背後で盛大に大笑いした。ここまで露骨なものは珍しいが、言われ慣れている事ではある。超雄星は無視を決め込んでいたが、五人組はニヤけながら近づいてくると、一人が機体の脚部に靴裏を摺りつけた。
「何するカ!?コイツは大事な相棒アル!」
「ハハハ!どこの訛りだよカッペめ!てめぇ、クラッシャーか?まさかこれでレースに出るつもりじゃねぇよな」
「両方アル」
「くだらねぇ冗談はよしな!こんなオモチャで俺たちの相手になるか!ペッ」
酔っ払いの一人がマシンに唾を吐きかけた。どうやら、この五人組もレース参加者の一チームらしい。
超雄星はほとんど反射的に、その男を平手打ちした。これでも超雄星としては、精一杯紳士的に振舞っているつもりだ。
「てめぇ!何しやがる!」
「オマエのガーディアンが同じ目に遭ったらどうするアルカ?」
六人の男たちは口論になった。次第に野次馬が集まり始め、中には勝手に賭け金を集め始める者まで出た。
「うぉぉー、痛えよ痛えよー。歯が折れたよー」平手打ちされた男が挑発する。
「こいつぁ大変だぜ!治療費たんまりもらわないと足りねぇなぁー」超雄星の体格が少しばかり良くとも、五人組は数を恃みに大きく出ていた。
「そのぐらいにしておかないと、本当に治療費が高くつくアルよ?」
「あぁ?舐めてんのか?」
五人組は不用意にも包囲網を狭めた。だがある距離を割った時点で超雄星の蹴りが、垂直に完全な半円を描いた。平手打ちされた男が、今度は完全に顎を割られて吹き飛んだ。
驚く間もなく、さらに二人が同時に首に手刀を受け、一人が鳩尾に拳を受けた。たちまち四人が地面をのたうち回って、野次馬からはどよめきが起こった。
「野郎ぶっ殺す・・・!」最後の一人がナイフを抜いた。
超雄星は真っ直ぐ男を見据えている。いや、その視線はナイフ男の後方にも向かっていた。
「武器を使うのなら、こちらもこれを使うが?」
いつの間にかナイフ男の背後に、歌劇団のような派手な衣装を着た、レムリア人の男がいた。レムリア人は、時代錯誤とも言える長剣をナイフ男の喉元に突きつけていた。ナイフ男はぎょっとした。
「どうする」レムリア人は華麗に手首を返してナイフ男の前に回った。見れば、警備担当を示す腕章が付いている。
「クソッ・・・、覚えてやがれ!」逃げるナイフ男を、よろめきながら他の四人が追って行った。野次馬とノミ屋たちからは、悲喜こもごもの歓声が沸いた。
「警察の人アルカ?お人が悪いアル。アナタ最初の方から居たアル。もっと早く出て来てくれるか、そうでなければ最後まで任せて欲しかったアル」
「否、吾輩はこちらのフォーチュン支部に派遣されておるレムリア騎士で、カガ=リンと申すのだが・・・人手不足で街の警備に駆り出されておる」カガ=リンは長剣を鞘に収めた。「お見事な腕前でしたな。心配なかろうとはお見受けしていたが、さすがに光り物が出た以上、放っておいては怠慢と謗られるゆえ」
一般に生真面目極まると評されるレムリア騎士の中では、この男は割と融通の利く性格のようだった。自分の拳法の腕が判るということは、たぶん彼自身も相応の実力がある。そして生身の格闘能力に秀でる人物は、ガーディアンを扱わせても有利になる傾向がある・・・
天性の勘でそう判断した超雄星はすぐに元通りの調子の良い顔に戻り、大仰な身振り手振りを敢行し始めていた。
「フォーチュンに派遣?アナタ、リンケージアルカ?」
「左様だが、本業はガーディアンテロ対策ゆえ、市中の喧嘩騒ぎの見廻りにマシンは出さぬ。国軍は違う考えのようだが」
「いやいや、そういう話ではないアル。実はワタシ、レースに出るつもりで来たアルガ、チーム制だと知らなかったアル。アハー!ここはひとつ、これも何かの縁と思ってアルナ・・・」
銃声がした。やや遠いが、超雄星は度肝を抜かれた。
大通りの方からだろうか。さっきの連中ではないだろう。
「失礼!」カガ=リンは駆け出した。
「あっ、待ってくれアル!他にここでリンケージの知り合いなんて居ないアル!助けると思って・・・」超雄星も後を追った。
銃口は空に向けられていたが、アリシアの拳銃はかすかに煙を吐いていた。
「みつけた」
軽食屋台の即席テーブルがひっくり返り、六人の野戦服の男たちが銃口に睨まれていた。粗野そうな男が多いが、先ほどの酔っ払い連中と違い、猟犬の目付きを持っている。傭兵と見て間違いない。
「グリムチェーキ。みんな、シんだよ。でも、あたしだけイキノコった」銃口は六人のうち、片方が掌ほどもある大きな眼鏡の男に擬せられた。
「ホントウはさっさとウつべきだってシってるけど、あんたがどうしてコロされるのかオシえておかないと、だめだから」
「ま、まぁ・・・待ちなさいよ。何か誤解があるみたいだねぇ」
グリムチェーキの声は良く覚えているし、一緒に居る男たちも、全員間違いなくグリムチェーキの子分だった連中だ。アリシアは見え透いた弁解など聞く気はさらさら無かった。
だが、それよりもグリムチェーキの中性的な「猫撫で声」が気になる。確かに元々どこか嫌味で不快な男ではあったが、さりとてこんな口調では無かったはずだ。
表情も少し引きつっているが、それも銃を向けられているからではあるまい。隣の子分どもでさえ、もっと冷静だ・・・
<動くな!>
横からスピーカー越しの警告が割り込んだ。
予想外に早い段階での邪魔だ。もしかすると、初めから不審な少女としてマークされていたのかも知れない。アリシアは照準を外さないまま、片目だけそちらを向けた。
<全員両手を挙げろ。女、銃を捨てろ>
身長十二フィートのずんぐりした野戦色の甲冑が、モーゼのように群衆を割って現れた。背後には十人ほどの憲兵隊を連れている。
敏捷性に優れる最も小型のガーディアン、ライトニング級だ。
小型とはいえ、人間相手の威圧感は充分だ。平たい半球状の頭部には大きな三つの眼があるだけで、その表情のなさは一層、冷徹さを感じさせる。
腰だめに抱えた丸太のような砲身は、おそらくライトニング級用の二・五インチ散弾砲だろう。装填されているのがたとえゴム弾だとしても、この近距離で撃たれれば命の保証はない。いや、レース参加者がガーディアンを持ち出して喧嘩に及ぶ可能性を考えて、憲兵隊もこんなものを連れ回しているのだ。むしろ実弾が装填されていると考えるべきだ。
<周りの者は退避しろ。流れ弾が行っても知らんぞ>
落ち着いているがどこか事務的で無関心な口調は、かえって効果的に群衆を退散させた。屋台の店主たちまで蜘蛛の子を散らすように逃げた。グリムチェーキはすでに両手を挙げつつ、立ち上がっていた。ついでに抜け目なく、注意の分散しているアリシアの射線から微妙に外れる。手下たちもグリムチェーキに倣った。
アリシアには、もう失うものなどなかった。もとよりグリムチェーキと刺し違える覚悟だ。だが失敗だけは万が一にも許されない。アリシアはここでバクチに出るのを諦め、スピーカーの声に従うことにした。
<憲兵隊、女を連行しろ。あとの者にはこの場で取り調べだ>
憲兵隊が散開し、アリシアは二人ほどに拘束された。そういえばこの声は「子供」ではなく、「女」と言っていた。おそらく、自分が戦闘の素人でないことを判っているのだろう。そうなると、やはりそう簡単に釈放とは期待できないだろうか。
「待って欲しい。その者はレムリア人と思われる」
逃げる人波に逆らって泳いできたカガ=リンと、少し遅れて超雄星が現れた。ライトニング級と憲兵隊は、華美な外国騎士に戸惑った。
<市内で発砲した以上、黙って放免という訳にはいかない>
「それはそうだが、吾輩も警備担当なのは事実である。ひとまず連行先をフォーチュン支部にさせて欲しいというだけのこと。レムリア人同士でのみ知覚できることだが、リンケージ波長も感じられる」
<しかし・・・>
「ならば君も同行すればよい、ペイン君。おそらくレムリア大使館が絡んでくる場合よりは、話がややこしくならずに済むだろう」
不意にライトニング級のコクピットハッチが開き、パイロットスーツの男が姿を見せた。操縦支援ゴーグルを外すと、素顔もやはりマシンと同じく表情に乏しかったが、どこか生真面目さは感じられた。この男もシャリフ人ではなさそうだった。
「取り調べ結果如何によっては、引き渡してもらうぞ」
「むしろ、純然たる強盗か何かであってくれた方が、よほど安心かと存ずるがな。フォーチュンが本業として管轄すべき、ガーディアンテロリストだとでも申すよりは」
カガ=リンは、困惑する憲兵からアリシアを奪い取った。
「はい、何も心当たりはございません・・・人違いではないのでしょうか・・・私たちはレース参加者です。身元は、登録時にすでに証明されております・・・こちらが登録証でございますよ。チームナンバー、四・・・」
グリムチェーキらを職務質問していた憲兵隊は何ら得るところなく、すでに彼らを釈放しそうであった。しょせん身元などは偽装であろうが、今のアリシアにはどうすることもできそうになかった。そして、どういうつもりか知れないがレースに出るというのなら、開催当日まではここに滞在するということでもある。後の機会を狙うしかない。
連行されるアリシアの背中に、グリムチェーキはニヤリと微笑みかけた。
「ディスティニー!?」
ラーフ帝国の息がかかっていることが公然の秘密であるガーディアンテロ組織の名に、ペインも超雄星も、それどころかアリシアさえもが仰天した。超雄星がフォーチュンの会議室にまで付いてきているのは、彼のあまりの人懐こさと図々しさに、カガ=リンもペインもとうとう面倒臭くなったからだ。
ディスティニーの活動目的は、少なくとも結果的には人類絶滅にほぼ等しいと言って良い。現に大戦最盛期、彼らが追求する異次元エネルギー「アビス」が、彼らの求めているであろう量のほんの何十分の一か使われただけで、大陸の形が丸ごと歪んでしまったのだ。いかな仁義無用の悪徳傭兵がどれほどの大金を積まれようと、一時的にさえディスティニーの仕事を請け負うとは思われなかった。
「そうだ。さきほど屋台に居た眼鏡の男、アリシア君の言うそのグリムチェーキの一党は、現在ディスティニーの要員である可能性が高いと判断されている。吾輩も今、本部に照会させて知ったことだが」
カガ=リンは事務員に電信文を返した。事務員は退出して行った。
「とはいえ、まだ確定ではない。目的も判らぬ。本部が事実と認定したなら、発見次第射殺して良いことになっているがね」
「ディスティニーは禁断のアビスエネルギーを弄ぶ外道アルネ。ワタシは、たとえ阿片は大目に見てもアビスだけは許せないネ」
「ラーフとディスティニーには、俺も恨みがある。だが、レース参加者とか言っていたな。そんな不審人物が登録できたのか?」
「くどいようだが、証拠がない以上はな。ましてや、王国はいまだこの情報自体、ゆめ知るまい」
「あ、ちなみに酔っ払って誰彼構わず絡んでくるようなゴロツキでも大丈夫みたいアルヨ。意外にいい加減ネ」
アリシアとしてはグリムチェーキが何者であろうと、やることに変わりはなかった。
だが、これはペインも超雄星も、むろんカガ=リンも、味方につけるチャンスではないのか?
長い流れ者暮らしの間にこんな打算をするようになっていた自分を、アリシアは自己嫌悪した。だが今のところ自分の立場は「捕まった殺し屋」だ。至近距離に居るレムリア人同士にはある程度の精神共有が働き、嘘や、リンケージ特性までもが高確率でバレる。素直に白状するのが一番マシだったのだ。彼女は勝負に出た。
「あたしもレースをやる」
今度はカガ=リンも驚いた。
「どうせ、レースのどさくさでナニか、たくらんでるんでしょうよ。ヘタすりゃナンジュウマンニンのギャラリーやオウサマを、ガーディアンでどうこうするキかもしれないね。いっとくけど、あたしはそんなことするクズじゃないし、むしろそうしかねないクズをオいかけてる。あたしとマシンを、ケイビでヤトうとでもいうんじゃなきゃ、いっそレーストラックにおいとくのもワルくないんじゃない?」
「だから、お前こそレースの最中にグリムチェーキを撃つつもりなんじゃあないのか」ペインが疑った。
「ふふ、どうかしらねぇ」
「・・・皮肉な事だがレースのレギュレーションでは、審査済みの減装薬弾なら銃火器の使用も認められているそうだ。白兵武器に至っては、制限なし。気に食わんガーディアン乗りを亡き者にするなら、お誂え向きの舞台かも知れんな」
「むしろ奴の始末を推奨しているように聞こえるぞ。誇り高き騎士殿」
「そうアル、それアル!」超雄星は待ってましたとばかり、自分の名前しか書いていない参加申込用紙をヒラつかせた。「お嬢ちゃん、出るって言ってもレースは五機一組ネ?たぶん仲間、居ないネ?ワタシ、お嬢ちゃんに協力するアル。カガ=リンさんとペインさんも、お嬢ちゃんとそのグリムなんちゃらを、どうせなら間近で監視する方がいいんじゃないかネ?」
強引どころか、半ば矛盾すると言って良い理屈だ。カガ=リンとペインはしばし互いに顔を見合わせていたが、やがてカガ=リンが言った。「最後の一名は?」
超雄星は一層必死になった。「あ・・・あとまだ、締め切りまで三時間ぐらいあるアル!何とかなるアル」
「・・・一応、心当たりがなくはない」今一つ気は進まなさそうだったが、ペインはつぶやいた。超雄星の顔は再び輝いた。「正規の軍ガーディアン部隊は小規模だし、俺含め皆、会場やら国境やらの警備に出払っている。フォーチュンもだな。だが、今俺が教えている訓練生なら一人居る。ついでに、あいつの専用マシンはでかすぎて警備にも使いづらい代物だ。比較的、迷惑は少なくて済むかも知れん・・・」
訓練生と聞いて超雄星は少々不安になったが、スタートラインに立てるだけで奇跡だ。贅沢は言えない。しかし、もしや自分以外は誰も、名声や賞金に興味がない可能性さえあるのではないか?だとするとそれは歓迎すべきことなのか、それとも問題なのか?どうやって彼らに、優勝までも狙う気を出させるか?早くも彼の頭は次の段階に進んでいた。
高さ六十フィート、底面三十フィート角ほどの、白い巨大な“冷蔵庫”のような何かが、薄暗い工場にぼんやりと浮かんでいた。
足元では油まみれの菜っ葉服の青年が、“冷蔵庫”の底面から這い出たチューブの束を抱えたまま、場違いなパーティードレスのような姿の女と押し問答している。髪を布で隠している点だけが伝統に沿っていたが、まともなシャリフ女なら、いかな下賤の出であれ機械工場などに出入りしようとは思わない。ましてここは首都防衛隊のガーディアン整備場で、女はシャリフ王女の一人なのだ。
「戦場に出ようと言うのでもなし、砂漠で練習でしょう?」女は大きな瞳を輝かせていた。「整備なら、妾がお手伝いしてもよろしいですわ。衛兵が探し当てないうちに、そなたのガーディアンでドライブしたいのですよ、ディオネード」
「衛兵とおっしゃるなら一応、僕も軍人なんですよ?お願いですからお戻りください、僕が怒られます」
純朴そうな青年は、哀願しつつもその瞳を直視できなかったが、それはいつものことだった。爽やかそうなディオネード青年は、かつて近隣の首長国の、傍系王族の端くれでもあったが、クーデターで国を追われ、この“冷蔵庫”に乗って逃げて来たのだ。やがてシャリフに流れ着いた時には乞食同然の状態であり、その体臭には護送した軍兵たちでさえ顔をしかめた。
奇妙な“冷蔵庫”に眼を丸くして、蛾のように自ら寄ってきたこのファティマ姫だけは、不快より好奇心が勝ったようだ。だがディオネードにとってそれは、全裸をつぶさに観察されるようなものであり、シャリフ軍ガーディアン部隊の訓練生に落ち着いた今でも消えない負い目である。いや、今だって自分は埃と油まみれではないか。
この新興国の軍にリンケージとガーディアンは多くはないが、それにしてもなぜ自分なのか。訓練生である点、あるいは自分の性格なり来歴なりを見越して、ガチガチの正規軍人に比べれば籠絡し易い相手だと踏んだのだろうか?
「妾とて、リンケージ適性ありと認められた身なのですよ。それが、自らの国のために出動は愚か、ガーディアンに触れることも、操縦法の教練さえも受けさせてもらえない」ファティマは滑らかに不満をまくしたてた。心中、何度も反芻した台詞なのだろう。「せめて、お傍で見学させてくれませんか」
ディオネードは若干気持ちがぐらつかないでもなかったが、敢然と決意を込め直して、言った。
「いけません。そもそも、そのお姿でこのような場所においでになる事自体が危険なのです」
「まるで爺たちや兵どもと同じ事をおっしゃるのね」
「さもありなんと存じますが、なにも、不逞の輩に狙われるとばかり申しているのでもございません。地肌の露出する部分があったり、機械に巻き込まれ易い布飾りをお召しでは、文字通りの事故につながるのです」
「お兄様やお父様は、別に作業着など召される事もなく、何度かこちらに出入りされているそうではありませんか。軍施設ばかりか、こたびのレース参加チームの幾つかまでも、主催者を称して巡察されているとか」
「それは・・・お気持ちはお察しいたしますが、しかし・・・」
「姫!どこから守衛の眼をおくぐりになったのです!」
施設警備兵と王宮近衛兵の一団が乱入し、喚き散らすファティマを捕虜か何かのように引き摺って行った。哀れとは思いつつディオネードも、自分が招き入れたわけではなく、むしろ退出を説得していたと釈明するのに必死だった。
そして、ようやく整備作業を再開できたディオネードは、“冷蔵庫”を見上げた。
数年前、母国の古代遺跡で学者が発見したものであり、現代のいわば模造品ではない、古代超文明のオリジナルガーディアンだった。
だが少なくとも国内の技術者たちには、操縦法どころか起動方法やハッチの開け方さえ、皆目見当が付かなかった。そんなとき発見者の学者は、“冷蔵庫”が眠っていた石室に、古代語で「王家の血脈の永遠ならんことを守護する」と記されていたのを思い出した。
もしや、ということで国王自身を含め、王家の血縁者が片っ端から、“冷蔵庫”の謎に挑まされた。
継承順位のかなり低いディオネードにまで順番が回った時には、皆すでに諦めかけていた。だが彼が“冷蔵庫”に触れた途端、外壁の一部が四角く光を発し、コクピットと思われる部屋が荘厳に開いたのだ。
しかしそれは、かえって王家の秩序を乱す結果になった。もっと継承順位の高い異母兄や従兄弟や親戚たち、彼らに与する大臣らが、手勢を率いてディオネードの寝所に向かっていると知らされたとき、彼は王家のために敢えて、戦わずに逃げた。
“冷蔵庫”の操縦法はまだまだ未知数であったが、そいつは主人の意思を汲んだかのように本体から角ばった手足と頭を展開し、身長百二十フィートの巨人と化して駆け出した。
だが、それ以外の全ては捨てるしかなかった。最終的に、母国の敵でも味方でもない、絶妙適正な距離感のシャリフ王国に辿り着くまでに、わずかな彼の側近たちは皆、自ら囮として犠牲になるか、自決するか、行方知れずとなった。
「この疫病神め」
物言わぬ“冷蔵庫”に、ディオネードは毒づいた。いつの間にか衛兵と入れ替わりにペインらが入ってきた事には、気付いていなかった。
「いけないネ、相棒には感謝と信頼の気持ちを持たないとネ・・・アイヤ、こりゃあどでかい豆腐ネ!あ、東洋の食品のことネ」
「お前のも、他人の事は言えないだろう。あのケレン味満点なデザイン、むしろお前こそディスティニーじゃないのか」
「あぁ、あれはオドロいたよね。あたしもヒロイモノしかなくてフホンイでいるけど、あれはロハでもらえてもいらないかな」
「あのゴロツキどもも大概だったアルガ、それよりもっとひどい感想ネ。商売道具には大金掛けてるし、何度でも言うけどディスティニーやアビスは最低ネ。もはや地球意思として、ワタシの敵と定められているネ」
「まぁ諸君、鎮まりたまえ。ペイン君、彼がディオネード君だね?紹介してくれたまえ」
ディオネードは呆然としながら、上官に付いてきた外国人三人組を見比べた。いや、ペインも元は外国傭兵だし、自分も亡命者だ・・・。
こうして外国出身者ばかりの現地急造チームが一つ、締め切り二時間前に駆け込み申請された。大会関係者と言える人間が三人も居ることについて、運営委員会では問題視する声も上がったが、自国軍人らの発奮かと面白がった国王が、鶴の一声で承認を決めてしまった。チームナンバーは、最後となる十三が与えられた。超雄星は何語なのか怪しい、珍妙なチーム名を申請用紙に記入していたが、メンバー内にさえ全く浸透しなかった。
レースに賭けようとする客も予想屋も、他の参加十二チームのほとんども、彼らが何者なのか首を捻った。ただ、チームナンバー四と七だけは、もとより彼らに特別な関心があった。
ファティマも、ディオネードの名前を知って仰天した。何となく裏切られたような気分がして、彼女はまたも、衛兵の監視をまく算段を始めた。
[error:0648] TRPGノベライズ/メタリックガーディアン「砂漠を駆ける疾風」(プロローグ)
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古代超文明の遺跡から得られた“アルティマ(AL)”テクノロジーは、ガーディアンと総称される各種ロボット兵器を生み出した。またはそれと酷似したものが直接、発掘される場合もあった。それこそは、人類が同じ過ちを繰り返している証拠であった。
大規模宇宙移民によっても捌き切れぬ人口爆発が様々な軋轢に繋がっていた人類は、迷わずガーディアンの強大なパワーを戦場に投入した。各種ガーディアンの操縦にはリンケージと呼ばれる先天才能者が望まれ、それは高コストなガーディアンの製造数以上に希少なものであったが、それにもかかわらず人類の内紛は全世界に広まり、激化した。
“守護者”の名に相応しからぬ破壊兵器の力にさえ飽き足りなくなった人類は、闇の異次元エネルギー“アビス”にまで手を出すに至った。地軸は傾き、大陸は歪み、果ては時空を捻じ曲げて、知られざる古代レムリア王国を丸ごと現代に召喚する結果さえ招いた。
最終的に、いよいよ存亡の危機に直面した人類は、停戦およびアビス禁止の協定を結んだ。だが経済的に困窮し追い詰められたラーフ帝国などは言行不一致の姿勢を示しており、各地でリンケージ傭兵らによる代理戦争がなおも続いていた。幼少からリンケージの才能を認められた者たちは大抵、ガーディアンに乗る事しか生きる術を教えられない“英才教育”を受けていたのだ。
【プロローグ】
情報には、間違いはなかった。
戦の熱風で焼けつき、ひび割れた大地の裂け目を、かすかな振動が伝わってくる。
振動の源はやがて干からびた渓谷のカーブを曲がり、過積載に耐えかねて裂け目の底に腹をこすりそうな、不格好な大型VTOL輸送機の列となった。その腹の中には連邦軍の後背を衝かんとする、大小百を超すガーディアンを含めた、ラーフ帝国側の迂回侵攻部隊が満載されているはずだった。展開されてしまえば通常兵力の数個師団ぐらいでは太刀打ちできないだろうが、今なら奴らは怪鳥の腹の中だ。
怪鳥の群れに向けて、迷彩シートで隠されていた高射砲が砲身をもたげ始める。周囲の塹壕に潜んだ二十機ほどの、型式も塗装も不揃いなガーディアンどもは、冷徹なクリック音とともに機銃やバズーカの安全装置を解除した。
「山賊みてぇだな」
「似たようなモンだろ。あれが全部墜とせりゃ、酒のプールで泳げるぐらいの出来高になるぜ」
「おいおい、墜とせなきゃ逆に帰る基地が血の海に沈むかも知れねぇが、だからって退き際は誤るなよ・・・最初から飛んでる護衛ガーディアンも何機か居るみてぇだぜ。あいつらに手こずったら、中の奴らが出てきちまう」
「へっ、そのためにグリムの野郎たちが崖の上に居るんじゃねぇか。十字砲火で一気にカタがつくぜ」
待ち伏せする山賊、いや連邦側傭兵たちの舌舐めずりが、通信機を行き交った。だが、場違いに甲高い一喝が彼らを制した。
「あんたら、おしゃべりはいいカゲンにしなっ!くるよっ!」
操縦コンソールに埋もれそうなほど小さい、レムリア人の少女だった。
生身ならどう見ても傭兵には見えないが、戦乱で人口の激減した時代にあってリンケージの適格者は、ろくに文字も書けるかどうかの歳から訓練され、戦場に放り込まれる事も珍しくない。その少女、アリシアはレムリア騎士の家柄であったが、訓練課程が終わるころには実家まで焼き尽くされており、否応なく国際傭兵以外の道は断たれていた。実家から受け継いだ遺産といえば、ともすればむしろ危険な、気位の高さぐらいしかなかった。
「射程に入るぜ」
「まだだ!まだセントウのヤツだけだ。もっとひきつけろ」
アリシアは左前方の、地溝の頂上に眼をやった。ここからは確認できないが、そこには冷静なグリムチェーキ率いる別働隊が擬装して伏せているはずだ。仲間の言う通り、待ち伏せ十字砲火が今回の作戦であり、戦端はアリシアらの側が開くことになっていた。
待ち伏せを悟られぬため、レーダーは使用禁止し、通信も至近距離バンドだけに制限していた。だがアリシア機のレムリア製高性能ソナーは、音源の三次元座標を数インチの誤差で捉える。画面を光点が流れて行った。二つ、三つ、四つ・・・。
敵隊列の半分が、射程距離を示す円弧を越えた。
残りも、今からではUターンしても間に合うまい。そして、先頭機からはいい加減に目視されるであろう限界だった。
「よし。やれ!」
高射砲と傭兵ガーディアンらは、一斉に砲撃を開始した。
「おいアリシア!おかしいんじゃねぇのか!?グリムはどうした!?」
「敵は全部こっちに来ている。別働隊からは一発もウァァー!」
「ポール!?おいポール!返事をしろ!」
傭兵機のひとつが直撃を浴びた。すでに傭兵隊は半分になり、高射砲は砲身が裂けていた。
だがグリムチェーキの別働隊は、動いている様子が全くない。
敵輸送機も何機かが墜落していたが、残りはすでに態勢を立て直し、着陸して戦闘部隊を吐き出し始めていた。損傷のみで済んだ輸送機は、優先的に後方へ退避していた。傭兵隊の火力が計算より不足しており、標的を仕留め切れていないのだ。
(ベツドウタイになにかあったのか?だが、フイウチでゼンメツしたのでもないかぎり、サクセンチュウシのキンキュウツウシンをよこすはず・・・)
アリシアは撃ちながら思い悩んだが、状況の深刻さを思い出し、我に返った。
「もうだめだ!みんなテッタイだ!」
狭い谷底であることが裏目に出た。逃げ道は後ろしかない。
そして遅すぎた。
横向きに着陸した敵輸送機のひとつが、載せたままの多弾頭ロケット車両を格納庫内から覗かせた。そいつはむろん、乱戦状態にある敵味方をまとめてロケット弾で吹き飛ばすような愚は犯さず、傭兵たちの頭上を飛び越して、一マイルほど先に大量の散布地雷を投射した。
歴戦の傭兵たちには、空中にバラまかれるそれが何であるのか、すぐに判った。磁気感応式の対装甲地雷は、踏まなくとも付近を通過しただけで炸裂する。そしてそこで撃破を免れても、逃げ足が緩むだけで充分な死刑宣告だった。
敵指揮官は、わずかな傭兵集団相手に敬意を払い過ぎているらしい。逃げ場のなくなった傭兵たちは徹底的に粉砕され、踏み潰され、焼き尽くされた。
ねじ曲がったコクピット内で、ひしゃげた操縦コンソールに噛み殺されたはずだと自分でも思ったアリシアに、敵掃討部隊が気付かず去って行ったのも、無理はなかった。日頃、ペダルやスイッチに手足が届きにくいのを恨んでいたアリシアであったが、今回ばかりは体格の小ささが幸いした。
味方機は、周辺ですべて撃破を確認できた。どうにか生きて這い出したらしい者が、機体のそばで射殺されていた場合もあった。何度数え直しても、自分以外は全員死んでいた。
ただ、グリムチェーキ別働隊だけは、崖上に間違いなく野営した形跡はあったにも関わらず、機体も人員も、どこにも見当たらなかった。
自分だけが生き残ったのは、何のためか?答えはひとつしかなかった。
前金を抱えて逃げた、いや寝返った傭兵の面汚しに、全員を代表して鉄槌を下すためだ。
動かぬ身体を引きずって味方機の非常食をかき集め、雨も降らぬ荒野で連邦軍斥候部隊に拾われるまで二週間ほども生きていられたのは、まさしく仲間たちの遺志のように思えた。グリムチェーキの足どりを掴むまでには、さらに一年以上を要した。
古代超文明の遺跡から得られた“アルティマ(AL)”テクノロジーは、ガーディアンと総称される各種ロボット兵器を生み出した。またはそれと酷似したものが直接、発掘される場合もあった。それこそは、人類が同じ過ちを繰り返している証拠であった。
大規模宇宙移民によっても捌き切れぬ人口爆発が様々な軋轢に繋がっていた人類は、迷わずガーディアンの強大なパワーを戦場に投入した。各種ガーディアンの操縦にはリンケージと呼ばれる先天才能者が望まれ、それは高コストなガーディアンの製造数以上に希少なものであったが、それにもかかわらず人類の内紛は全世界に広まり、激化した。
“守護者”の名に相応しからぬ破壊兵器の力にさえ飽き足りなくなった人類は、闇の異次元エネルギー“アビス”にまで手を出すに至った。地軸は傾き、大陸は歪み、果ては時空を捻じ曲げて、知られざる古代レムリア王国を丸ごと現代に召喚する結果さえ招いた。
最終的に、いよいよ存亡の危機に直面した人類は、停戦およびアビス禁止の協定を結んだ。だが経済的に困窮し追い詰められたラーフ帝国などは言行不一致の姿勢を示しており、各地でリンケージ傭兵らによる代理戦争がなおも続いていた。幼少からリンケージの才能を認められた者たちは大抵、ガーディアンに乗る事しか生きる術を教えられない“英才教育”を受けていたのだ。
【プロローグ】
情報には、間違いはなかった。
戦の熱風で焼けつき、ひび割れた大地の裂け目を、かすかな振動が伝わってくる。
振動の源はやがて干からびた渓谷のカーブを曲がり、過積載に耐えかねて裂け目の底に腹をこすりそうな、不格好な大型VTOL輸送機の列となった。その腹の中には連邦軍の後背を衝かんとする、大小百を超すガーディアンを含めた、ラーフ帝国側の迂回侵攻部隊が満載されているはずだった。展開されてしまえば通常兵力の数個師団ぐらいでは太刀打ちできないだろうが、今なら奴らは怪鳥の腹の中だ。
怪鳥の群れに向けて、迷彩シートで隠されていた高射砲が砲身をもたげ始める。周囲の塹壕に潜んだ二十機ほどの、型式も塗装も不揃いなガーディアンどもは、冷徹なクリック音とともに機銃やバズーカの安全装置を解除した。
「山賊みてぇだな」
「似たようなモンだろ。あれが全部墜とせりゃ、酒のプールで泳げるぐらいの出来高になるぜ」
「おいおい、墜とせなきゃ逆に帰る基地が血の海に沈むかも知れねぇが、だからって退き際は誤るなよ・・・最初から飛んでる護衛ガーディアンも何機か居るみてぇだぜ。あいつらに手こずったら、中の奴らが出てきちまう」
「へっ、そのためにグリムの野郎たちが崖の上に居るんじゃねぇか。十字砲火で一気にカタがつくぜ」
待ち伏せする山賊、いや連邦側傭兵たちの舌舐めずりが、通信機を行き交った。だが、場違いに甲高い一喝が彼らを制した。
「あんたら、おしゃべりはいいカゲンにしなっ!くるよっ!」
操縦コンソールに埋もれそうなほど小さい、レムリア人の少女だった。
生身ならどう見ても傭兵には見えないが、戦乱で人口の激減した時代にあってリンケージの適格者は、ろくに文字も書けるかどうかの歳から訓練され、戦場に放り込まれる事も珍しくない。その少女、アリシアはレムリア騎士の家柄であったが、訓練課程が終わるころには実家まで焼き尽くされており、否応なく国際傭兵以外の道は断たれていた。実家から受け継いだ遺産といえば、ともすればむしろ危険な、気位の高さぐらいしかなかった。
「射程に入るぜ」
「まだだ!まだセントウのヤツだけだ。もっとひきつけろ」
アリシアは左前方の、地溝の頂上に眼をやった。ここからは確認できないが、そこには冷静なグリムチェーキ率いる別働隊が擬装して伏せているはずだ。仲間の言う通り、待ち伏せ十字砲火が今回の作戦であり、戦端はアリシアらの側が開くことになっていた。
待ち伏せを悟られぬため、レーダーは使用禁止し、通信も至近距離バンドだけに制限していた。だがアリシア機のレムリア製高性能ソナーは、音源の三次元座標を数インチの誤差で捉える。画面を光点が流れて行った。二つ、三つ、四つ・・・。
敵隊列の半分が、射程距離を示す円弧を越えた。
残りも、今からではUターンしても間に合うまい。そして、先頭機からはいい加減に目視されるであろう限界だった。
「よし。やれ!」
高射砲と傭兵ガーディアンらは、一斉に砲撃を開始した。
「おいアリシア!おかしいんじゃねぇのか!?グリムはどうした!?」
「敵は全部こっちに来ている。別働隊からは一発もウァァー!」
「ポール!?おいポール!返事をしろ!」
傭兵機のひとつが直撃を浴びた。すでに傭兵隊は半分になり、高射砲は砲身が裂けていた。
だがグリムチェーキの別働隊は、動いている様子が全くない。
敵輸送機も何機かが墜落していたが、残りはすでに態勢を立て直し、着陸して戦闘部隊を吐き出し始めていた。損傷のみで済んだ輸送機は、優先的に後方へ退避していた。傭兵隊の火力が計算より不足しており、標的を仕留め切れていないのだ。
(ベツドウタイになにかあったのか?だが、フイウチでゼンメツしたのでもないかぎり、サクセンチュウシのキンキュウツウシンをよこすはず・・・)
アリシアは撃ちながら思い悩んだが、状況の深刻さを思い出し、我に返った。
「もうだめだ!みんなテッタイだ!」
狭い谷底であることが裏目に出た。逃げ道は後ろしかない。
そして遅すぎた。
横向きに着陸した敵輸送機のひとつが、載せたままの多弾頭ロケット車両を格納庫内から覗かせた。そいつはむろん、乱戦状態にある敵味方をまとめてロケット弾で吹き飛ばすような愚は犯さず、傭兵たちの頭上を飛び越して、一マイルほど先に大量の散布地雷を投射した。
歴戦の傭兵たちには、空中にバラまかれるそれが何であるのか、すぐに判った。磁気感応式の対装甲地雷は、踏まなくとも付近を通過しただけで炸裂する。そしてそこで撃破を免れても、逃げ足が緩むだけで充分な死刑宣告だった。
敵指揮官は、わずかな傭兵集団相手に敬意を払い過ぎているらしい。逃げ場のなくなった傭兵たちは徹底的に粉砕され、踏み潰され、焼き尽くされた。
ねじ曲がったコクピット内で、ひしゃげた操縦コンソールに噛み殺されたはずだと自分でも思ったアリシアに、敵掃討部隊が気付かず去って行ったのも、無理はなかった。日頃、ペダルやスイッチに手足が届きにくいのを恨んでいたアリシアであったが、今回ばかりは体格の小ささが幸いした。
味方機は、周辺ですべて撃破を確認できた。どうにか生きて這い出したらしい者が、機体のそばで射殺されていた場合もあった。何度数え直しても、自分以外は全員死んでいた。
ただ、グリムチェーキ別働隊だけは、崖上に間違いなく野営した形跡はあったにも関わらず、機体も人員も、どこにも見当たらなかった。
自分だけが生き残ったのは、何のためか?答えはひとつしかなかった。
前金を抱えて逃げた、いや寝返った傭兵の面汚しに、全員を代表して鉄槌を下すためだ。
動かぬ身体を引きずって味方機の非常食をかき集め、雨も降らぬ荒野で連邦軍斥候部隊に拾われるまで二週間ほども生きていられたのは、まさしく仲間たちの遺志のように思えた。グリムチェーキの足どりを掴むまでには、さらに一年以上を要した。
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